連載《人体MAPS》 第30話「命」

 体の中には、ふしぎがいっぱい! この連載では、自分の体の中のいろいろな部分をめぐる旅の案内をしていきます。人体の“地図”を手に、一つひとつの部分の役割を知っていけば、もっと自分の体、そしてまわりの人の体を大切にする気持ちがわいてくるでしょう。

みんなと一緒に人体をめぐる旅をするヒュウマとミコト。

 今日のお話のテーマは「
いのち
」です。

命はどこにありますか?

 あなたの「命」は体のどこにありますか? 指で示してみましょう。

 そうですね、命の場所って、わからないよね。あえていうなら、体全部が命でしょうか。

 さて、あなたは命について考えたことがありますか? だいたい3歳くらいから記憶がはじまって今こうしてあなたがここにいて、あなたであり続けてきた。

 あなたはずっと呼吸をして、ご飯を食べて、ウンチやオシッコをしてきた。あなたはずっと、おうちの人やお友だちと一緒に過ごしてきた。そういう当たり前の毎日を過ごせてきたのは、あなたに命があるからです。

命って一体なんでしょう

 では命って一体何でしょうか。

 医学には、生命(せいめい)徴候(ちょうこう)という「命」を含んだむずかしい用語があります。「生命=生きている命」、「徴候=しるし」という意味です。その生命徴候は、体温(たいおん)血圧(けつあつ)心拍(しんぱく)呼吸(こきゅう)意識(いしき)状態(じょうたい)などいくつか見るポイントがあって、別名「バイタルサイン」といいます。これらがちゃんと正常であることが生きていくうえで絶対必要な条件なので、バイタルサインは命がある条件ともいえますね。

命=臓器や細胞が生きていること

 命は、今まで勉強してきた体のすべてがきちんと機能している、まさにその状態です。体のほとんどは細胞でできているから、細胞が生きていることが体の生きていくための絶対(ぜったい)条件(じょうけん)です。だから命があり続けるには細胞がしっかり生きて、機能しないといけない。すると、もしもどこかの臓器や細胞が動かなくなったら、命はそれ以上続くことが難しくなってしまうでしょう。

 細胞や臓器が動けなくなる原因は、病気やケガ、年齢、毒におかされるなどいろいろあります。もちろん臓器や細胞は、ちょっとくらいのケガならばもとに戻る機能(修復(しゅうふく)機能(きのう))があるから大丈夫でしょう。でも、ちょっとではなく、大きなダメージが加わると臓器が動かなくなる。すると、命に影響が出てしまうかもしれない。

たった一度きりの人生

 この命って、普段私たちは意識しないことだけど、どんなことがあっても一度きり。もし命がなくなってしまえば、その人はもうこの世にいることはできない。つなり、亡くなるということ。これを「()()えのない」といいます。

 だからこそ、たった一度きりの人生、すなわち命を大切にしないといけない

 人間だけでなく、すべての動物は自分の身の危険を感じたら、()ける行動をとる。みんな命を全力で守ろうとする。

命は永遠に続かない

 けれど、いつかは年をとってもうこれ以上臓器や細胞が動かないという日が、必ずくる。年を取っていなくても、原因がわからぬまま若くして臓器が弱まっていく病気もたくさんある。すると、命というのは、人によって長い命もあれば、短い命もある。いつまでの命なのかは誰にもわからない。だからこそ、あなたは一日一日を大切に、そして周りの人にも親切な気持ちで接しないといけない。あなたも周りの人も命の終わりというのは待ってくれないのだから。

 どんな命も必ず、終わりがある。悲しくさびしいことだけどね。

命の儚きことを歌う古の人の歌

 昔の人はそんな命の(はかな)いことを歌にしました。儚い命、これを「無常(むじょう)」といいます。無常というのは、「常のないこと」つまり「人生のはかないこと、もののあはれ、人の死」を意味します。この儚い命を思う(いにしえ)の人の歌を()んでみましょう。

世の中の はかなきことを 見る頃は 寝なくに夢の 心地こそすれ (もり)明親王(あきらしんのう))」
(この世の中が無常であることをまのあたりに見るこのごろは、悲しい夢を見ているようだ)

あるはなく なきは(かず)そふ 世の中に あはれいづれの 日まで(なげ)かむ (小野小町(おののこまち))」
(生きている人は亡くなり、亡くなる人は数を増すばかりの無常なこの世の中を思うと、ああ私はいつまで嘆きつづけるのだろうか)

暮れぬまの 身をば(おも)はで 人の世の あはれを知るぞ かつははかなき (紫式部(むらさきしきぶ))」
(まだ人生の日暮れを迎えない無常な存在の私にとって、人の死の悲しみを知るというのもはかないことです)

散るをこそ あはれと見しか 梅のはな 花やことしは 人をしのばむ (小大君(こおおきみ)
(これまでは人が梅の花の散るのを見てはあわれと思っていたが、今年は逆に梅の花が亡き人を(しの)んでいるかのようだ)

世の中を 思へばなべて 散る花の わが身をさても いづちかもせむ (西行(さいぎょう)法師(ほうし))」
(世の中のことわり(ものごとの移り変わりや、生まれたものは必ず(ほろ)びさってしまうこと)を思うと、すべて散ってゆく花のようである。そうしたはかないわが身(自分の心と体)をどこへやればいいのだろう)

 いかがでしたか?

 昔も今も変わらない、人の命の“掛け替えのなさ、無常、儚さ”を思う気持ち。だからこそ私たちは、今ここに自分がいるこの一瞬に心からの感謝と情熱を注ぎつつ、周りの人たちとともに無駄にすることなく生きていくことが大切だと思いませんか?

命を粗末(そまつ)にしてはいけない

 ところが今、世界に目を向けると、あちらこちらで命を()けた人間同士の(あらそ)いが後を絶ちません。長い歴史の中でも、()()なく争いごとが続いてきました。悲しいことに、人を傷つけたり、一瞬(いっしゅん)のうちに命を(うば)ってしまったりすることだってあるのです。一度きりの、掛け替えのない、儚い命の“(とうと)さ”を思うと、これは本当に悲しいことです。決して人が人の命を終わらせることなんてあってはいけません。もちろん自分で自分の命を終わらせることがあってもいけません。あなたがこの世に、いや、この宇宙にあるたった1つの地球上に生まれてきたことは、疑いのない奇跡(きせき)なのですから。

すべての生き物には命がある

 最後に。あなたに命があるように、すべての生き物にも命があるのです。あなたは気付いているでしょうか? すべての食べ物は、実は生き物だということを。あなたはそんな生き物を食べて、そのおかげで今日(こんにち)まで生きてこれたのです。「いただきます」は、その生き物に対し「生かせていただきます」という感謝の意味が込められた言葉です。ですから、あなたの(せい)(生きること)を支えてくれる命ある生き物たちにも感謝をしなければいけません

 いかがでしたか? あなたの命そしてすべての生物の命は(とうと)く、掛け替えのないものだということがわかりましか?

 一度切りの人生、たった一つの自分の命、大切にしましょうね。

川畑龍史 著者の記事一覧

大阪大学大学院医学系研究科修了 博士(医学)。国立長寿医療センター(研究所)にて慢性腎不全の病態研究に従事。現在、名古屋文理大学短期大学部食物栄養学科教授、愛知学院大学健康科学部心身科学研究所 特任研究員。主な担当科目は、自然科学、生物学、解剖生理学、生化学、病態生理学、病態治療論。主な著書:『人体の中の自然科学』(東京教学社)、『解剖生理学実験』(東京教学社)、『なんでやねん!根拠がわかる解剖学・生理学 要点50』(メディカ出版)、『ほんまかいな!根拠がわかる解剖学・生理学 要点39』(メディカ出版)、『イカのからだの不思議発見』(文芸社)、『生体物質事典』(ソシム)、『そうやったんか!ケアの根拠がわかる病態生理学 疾患・症状24』(メディカ出版)など

(イラスト/齊藤恵)

【連載バックナンバー】

第1話「目」

第2話「心臓」

第3話「胃と腸」

第4話「頭」

第5話「耳」

第6話「鼻」

第7話「口」

第8話「歯」

第9話「腎臓と肝臓」

第10話「お尻」

第11話「肺」

第12話「首」

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第14話「お臍」

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