《シリーズ「アルテミス計画」を追え その⑧》「アルテミス1」ミッション成功! 無人オライオン宇宙船が帰還&太平洋に着水、有人飛行に向けて前進

 オライオン宇宙船が無事に地球への帰還を果たし、アルテミス計画の第一弾「アルテミス1」のミッションが無事に終了しました。大気圏突入の際の2700℃を超える高温に耐えた無人のオライオン宇宙船は、12月12日未明(以下、日本時間)にパラシュートで減速して太平洋に着水。11月16日の打ち上げから25.5日間、月と地球の往復を含む225万kmの旅を果たしました。次は有人による月周回飛行の「アルテミス2」のミッションです。NASA(アメリカ航空宇宙局)では今回の飛行中に得られたデータを解析、2024年の実施に向けて本格的に準備を開始します。

有人宇宙船として地球から最も遠い26万8563マイル(約43万2117km)まで到達した無人のオライオン宇宙船。アポロ13号が記録した24万8655マイル(約40万85km)の記録を超えた。右上はオライオン宇宙船の太陽電池に取り付けられたカメラがとらえた地球と月。(画像/NASA)

月探査のアルテミス世代における大きな一歩

 「世界最強ロケットの打ち上げから、月を周回して地球に戻る旅。この飛行試験は月探査のアルテミス世代における大きな一歩です」。オライオン宇宙船の帰還を受けて、NASAのビル・ネルソン長官はこう語って喜びを表しました。というのも、やはり宇宙船の飛行は常に危険を伴うからです。ロケットの打ち上げに次ぐ危険が地球への帰還です。

 月から地球に戻ってきたオライオン宇宙船の速度は時速2万5000kmで、地球を100分ほどで一周するスピードです。大気との摩擦によって減速していくのですが、宇宙飛行士が乗り込む乗務員モジュール(Crew Module)は摩擦熱で2700度を超える温度に包まれます。これは、太陽表面温度約6000度の2分の1に迫る高温です。果たして186個の耐熱シールドで覆われた乗務員モジュールが耐えられるのかどうか、さらには大気圏への進入角度を正確にコントロールしないと宇宙船が大気に跳ね返されてしまう可能性もあって緊張の時間が続きます。

 大気圏に突入した乗務員モジュールは、高度約8000mで時速520kmにまで減速。ここから順次、計11個のパラシュートを展開し、最終的には時速20kmにまでスピードを落とします。NASAのライブ中継では、高温に耐えた乗務員モジュールが映し出されました。12月12日午前2時40分、3つのメインパラシュートを広げた乗務員モジュールがゆっくりと太平洋に着水、無事に地球に帰還しました。

計25.5日間、225万kmの飛行を終え、3つのパラシュートを開いて太平洋に着水したオライオン宇宙船の乗務員モジュール。(画像/NASA)

無人の乗務員モジュールに搭乗したマネキンなどからデータ収集

 地球に帰還した円錐形の乗務員モジュールの底面は、直径約5m。今回は無人でしたが、有人飛行の場合は最大で4人の宇宙飛行士が21日間乗り込むことができます。今回の初飛行は乗務員モジュールの耐熱シールドが設計通りの性能を発揮するかどうかを実際に確認するほか、飛行中にさまざまなデータを取得して有人飛行に備える目的がありました。宇宙空間ではトラブルが発生しても地球から救助に向かうことは容易でないですから、打ち上げから、宇宙空間や軌道上での運用、着陸、回収までのすべての期間、宇宙飛行士にとって100%安全な空間でなくてはなりません。

 飛行期間中のデータを収集するため、今回は4つのシートのうち、司令官席に宇宙線の影響を調べるためのセンサーを取り付けた男性型マネキンを座らせ、パイロット席には加速度センサーと振動を測定するセンサーが設置されました。このほか、有人飛行時には2つの後部座席が設置されるスペースには、人体組織や臓器を模擬したファントムと呼ばれる2つのマネキンが配置されました。

 乗務員モジュールの操縦は「グラス・コックピット」と呼ばれる装置を通して実施する仕組みになっていて、ディスプレイを活用したグラフィカルなインターフェースとなっています。トラブルが発生しても別の装置で操作できるよう、宇宙船としては初めて複数の制御・表示装置を設置して冗長性を備えているのが特徴です。

「アルテミス1」で打ち上げられた乗務員モジュールのコックピット。向かって左が司令官席、右がパイロット席だ。実は、数字やモールス信号を表す記号などによるさまざまな隠しメッセージが書き込まれているという遊び心も。この画像からは、あるメッセージが読み取れるようになっている。(画像/NASA)

有人宇宙船としては新記録! 地球から最遠となる43万2117kmの地点に到達

 新開発のスペースローンチシステム(SLS)ロケット1号機で11月16日に打ち上げられた際のオライオン宇宙船は、①先端が尖ったタワー状の緊急脱出システム(Launch Abort System)、②無事に地球に戻ってきた乗務員モジュール、③4枚の太陽電池を取り付けた支援モジュール(Service Module)の3つから構成されています。緊急脱出システムは、打ち上げ時のトラブルの際にオライオン宇宙船をSLSロケットから切り離して宇宙飛行士を守る役目を果たすもので、不要になった打ち上げ直後に切り離されたため、25日間、乗務員モジュールと支援モジュールがドッキングした状態で飛行を続けてきました。

緊急脱出システム(Launch Abort System)、乗務員モジュール(Crew Module)、4枚の太陽電池を取り付けた支援モジュール(Service Module)で構成されるオライオン宇宙船。スペースローンチシステム(SLS)ロケットの先端部に取り付けられ打ち上げられる。(画像/NASA)

 支援モジュールが最後の大役を果たしたのは、乗務員モジュールが着水する40分前のことでした。補助エンジンの噴射を8秒間実施し、乗務員モジュールの進路を最終的に地球に向けることに成功しました。これまでにも支援モジュールは12月6日深夜、6回目で最後となるメインエンジンの噴射を3分27秒間実施して月表面から130kmほどの距離を通過、その反動で地球への帰路につく軌道変更の役目を担ったほか、11月29日午前6時、有人宇宙船としては地球から最遠となる26万8563マイル(約43万2117km)離れた地点にまで到達する新記録を打ち立てることになった際の軌道変更にメインエンジンを噴射させるなど活躍してきました。

 この他にも支援モジュールは全長7mの4枚の太陽電池によって電力を供給するほか、宇宙飛行士が必要とする酸素や水などを供給する重要な役目を担っています。支援モジュールについても25.5日間の飛行でさまざまなデータが集められ、「アルテミス1」の成功によって、まずは次の有人月周回飛行、さらには2025年の「アルテミス3」の有人月着陸に向けて、大きく前進する結果とになりました。

川巻獏 著者の記事一覧

サイエンスライター。1960年、神奈川県出身。東京工業大学理学部卒。新聞社科学記者を経て、川巻獏のペンネームで執筆活動をしている。自然科学からテクノロジーまで幅広い分野をカバー。宇宙・天文学分野を中心に活動している。

【バックナンバー】

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その①》NASAアルテミス計画の全貌

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その②》パーシビアランスが火星に着陸!火星探査ラッシュの到来

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その③》打ち上げロケット1段目エンジンの燃焼テストに成功!

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その④》初の快挙! ヘリコプターが火星の空を舞う

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その⑤》アルテミス計画の有人月面着陸は1年遅れの2025年となる見通し

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その⑥》相次ぐトラブルで、無人ロケットによるファーストステップが難航

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その⑦》「アルテミス1」打ち上げ成功! 無人オライオン宇宙船が月を周回して地球に帰還する旅へ出発

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