《シリーズ「アルテミス計画」を追え その⑤》アルテミス計画の有人月面着陸は1年遅れの2025年となる見通し

 アメリカが中心となって進めている有人月着陸を目指すプロジェクト、「アルテミス計画」が遅れることになりました。

 2024年に人類を月に送り込む計画でしたが、1年遅れの2025年になる見通しです。アルテミス計画の中で実施する、1972年以来の有人月着陸を目指す「アルテミス3」のミッションで使う月着陸船の開発が遅れたためです。開発担当のスペースXとNASA(アメリカ航空宇宙局)との契約は7か月遅れで締結される見通しですが、コロナ禍の影響もあって遅れを挽回することがむずかしくなりました。

 まずは、月への運搬手段である「スペースローンチシステム(SLS)ロケット」の2022年2月の打ち上げ(当初は2021年中の計画)を着実に成功させることが重要になっています。

アルテミス計画で再び人類が着陸を目指す月(©NASA)

アメリカ連邦請求権裁判所が月着陸船の開発でスペースXに軍配を挙げる

 宇宙開発の主導権を握ろうとする民間宇宙関連企業の熾烈
しれつ
な争いにNASAが巻き込まれたことが、計画の遅れにつながっていました。NASAはアルテミス3のミッションで使う月着陸船の開発企業としてスペースXを選定。選ばれなかったブルーオリジンとダイネティクスの2社のうちブルーオリジンは、選定過程に問題があるとしてアメリカ連邦請求権裁判所に提訴
ていそ
したのです。

 月面有人着陸システム(HLS)の頭文字をとって、いわゆるHLS訴訟
そしょう
と呼ばれるものです。

 アルテミス3では、女性として月面に初めて一歩を印す女性飛行士を含む計4人の宇宙飛行士がSLSロケットの先端に取り付けた「オライオン宇宙船」で月を目指します。そして着陸クルーは月軌道上で月着陸船に乗り換えて、アポロ計画以来となる月着陸を実現させるという計画です。

 この月着陸船の開発にあたって、ブルーオリジンは3段式着陸機「インテグレーテッド・ランダー・ビークル(ILV)」、ダイネティクスはキャビンの位置が低く、乗り降りがかんたんな単一の機体からなるシステム、スペースXの「スターシップ」は推進剤貯蔵用、宇宙飛行士搭乗用など目的に応じて使い分ける再使用型のシステムを、それぞれ提案していました。

ブルーオリジンのILV(©Blue Origin)
ダイネティクスのアイデア(©Dynetics)
スペースXのスターシップ(©SpaceX)

 ブルーオリジンを率いるアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏は、スペースXの選定に不満を表明するなどしていました。その後の提訴を受けて審理が行われてきましたが、アメリカ連邦請求裁判所が2021年11月、月着陸船の開発会社を選定する選択プロセスを評価し、ブルーオリジンの主張を退
しりぞ
けてスペースXに軍配を挙げる判断を下しました。これにより、アルテミス3に向けて動き出すことが可能になりました。

民間宇宙関連企業の熾烈な競争は続く!

 NASAのビル・ネルソン長官はアメリカ連邦請求裁判所の判断を受ける形で、スペースXと協議を再開したことを明らかにしました。その上で、「できるだけ早く、安全に月に戻る」としながらも、HLS訴訟などの影響もあって、このたび月着陸は早くても2025年になるとの見通しを示しました。

 当初の計画では、有人着陸を目指すアルテミス3のミッションは2024年に実施する予定となっていました。

 これに先立って実施するのが「アルテミス1」のミッションです。無人のオライオン宇宙船をSLSロケットに取り付けて打ち上げ、オライオン宇宙船は月の裏側を通って帰還し、太平洋に着水させる一連の流れを確認するのが目的です。

 続いて実施するのが「アルテミス2」のミッション。宇宙飛行士4人を乗せたオライオン宇宙船を月に向けて打ち上げ、往きに4日、帰りに4日かけて戻ってきます。4人はアポロ計画でも体験しなかった、月から6000km以上離れた月の裏側を通過することになっています。これも当初2023年実施の予定でしたが、早くても2024年5月になりそうです。

アルテミス2のミッションで計画されているオライオン宇宙船の飛行経路(©NASA)

 月着陸船を開発するスペースXとNASAとの契約金は、28億9000万ドル(約3300億円)。これ以外に、NASAはオリオン宇宙船の開発費として、アルテミス2の実施までに93億ドル(約1兆円)かかると発表しています。民間宇宙関連企業にとっては魅力的な市場でもあり、さらにNASAは少なくとも10回の月面着陸を計画しており、2023年の予算から将来の着陸機競争のための資金を大幅に増額する計画であることも表明しました。

 アルテミス3のミッション以降は、月周回軌道上に動力推進モジュール(PPE)と居住・物流モジュール(HALO)で構成された有人拠点「ゲートウエイ」を打ち上げて、地球からSLSロケットで宇宙飛行士を運び、月面とゲートウエイの間を月着陸船で行き来。将来は月面基地を建設し、月での資源開発を行い、さらにはゲートウエイを足掛かりに火星有人探査を目指します。

NASAが検討している月面活動、火星探査のコンセプトを説明するイラスト(©NASA)

 民間宇宙関連企業にとって、アルテミス3は有人宇宙活動のいわば初陣。スペースXに先陣を許したブルーオリジンなど民間宇宙関連企業各社は、今後の宇宙開発で遅れをとらないよう激しい競争が繰り広げられそうです。

 こうした競争によって低コストでの宇宙開発、優れた技術の開発が進むと期待されますし、ゲートウエイの建設には日本や欧州など世界各国が参加することになっていますから、アメリカの民間宇宙関連企業に限らず、世界中の企業にとっても大きなチャンスとなっています。

アルテミス1のSLSロケット初号機の打ち上げは2022年2月に決定!

 月着陸船の開発の遅れによりアルテミス3のミッションは1年の遅れとはなっていますが、無人のオライオン飛行船を月まで飛ばし、地球に無事に帰還させるアルテミス1のミッションは、SLSロケットの打ち上げが2022年2月に設定されました。これは当初のスケジュールから、3か月ほどの遅れにとどまっています。

 打ち上げに向けて、NASAのステニス宇宙センターで2021年3月に実施した燃焼テストに成功しているコアステージ(SLSロケットの1段目)をケネディ宇宙センターに運び、SLSロケットを組み立てる作業が続けられてきました。

 SLSロケットは、アポロ計画のサターン5型ロケットに匹敵する能力を持つ2段式ロケット。コアステージに2本の固体ロケットブースターを取り付けて打ち上げられます。2段目の先に取り付けるモジュールを変えることで、さまざまな打ち上げに対応できるようになっています。

 2021年10月には、先端にオライオン宇宙船が取り付けられて、SLSロケットの組み立てが完了。今後は打ち上げに向けて、システムや各部分の接続試験、通信試験などが予定されています。

SLSロケットにオライオン宇宙船を取り付ける作業(©Chad Siwik)
オライオン宇宙船が取り付けられて、組み立てが完成したSLSロケット。アルテミス1のミッションに向けて準備作業が続けられます。(©NASA)

 アルテミス計画の遂行には、アルテミス1におけるSLSロケットの打ち上げが重要です。これに続くアルテミス2の有人飛行、アルテミス3の有人月着陸、さらには、その後の月面基地開発・ゲートウエイ建設……そして火星探査――。一連の運搬手段の中心となるのがSLSロケットなのです。

 人類の宇宙開発の将来を占う意味でも、2022年2月のSLSロケットの初飛行に注目です!

川巻獏 著者の記事一覧

サイエンスライター。1960年、神奈川県出身。東京工業大学理学部卒。新聞社科学記者を経て、川巻獏のペンネームで執筆活動をしている。自然科学からテクノロジーまで幅広い分野をカバー。宇宙・天文学分野を中心に活動している。

【バックナンバー】

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その①》NASAアルテミス計画の全貌

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その②》パーシビアランスが火星に着陸!火星探査ラッシュの到来

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その③》打ち上げロケット1段目エンジンの燃焼テストに成功!

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その④》初の快挙! ヘリコプターが火星の空を舞う

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