《シリーズ「アルテミス計画」を追え その①》NASAアルテミス計画の全貌

本格化する有人月着陸への再挑戦

 火星に人類を送り込もうとする壮大な計画が現実のものとなろうとしています。

 2021年は火星探査車などで探査を行っているNASA(アメリカ航空宇宙局)をはじめ、アラブ首長国連合(UAE)や中国が火星探査のミッションを予定。探査機を火星周回軌道に投入したり、火星表面に探査車を投入したりする計画が進められています。

 さらに、人類が月面着陸したアポロ計画が終了して以来、52年ぶりとなる月着陸を目指すNASAの「アルテミス計画」が本格的に始動。2024年の有人月面着陸に向けて準備が進められています。

 アルテミス計画は月探査にとどまらず、火星の有人探査を実現させるために必要な技術開発を進めるねらいがあります。まずは、月周回有人拠点「ゲートウエイ」を建設し、月面着陸に挑みます。ここでは、月面着陸から火星有人探査への道筋をつける、アルテミス計画の全貌
ぜんぼう
を紹介しましょう。

アルテミス計画の打ち上げロケットとして開発されるスペースローンチシステム(SLS)ロケットの想像図(©NASA/MSFC)

女性による人類初の月着陸を目指す

 人類が初めて月に足を踏み入れたアメリカのアポロ計画では、有人飛行はアポロ7号(1968年12月)から17号(1972年12月)までの計11回行われ、いずれの回も船長、司令船操縦士、月着陸船操縦士の3人が搭乗、計33人の宇宙飛行士が飛行しています。うち、トラブルに見舞われた13号を除く11号(1969年)から17号までの6回のミッションで、計12人が月面に足跡を残しています

 いずれの打ち上げでも、ギリシャ神話の最高神ゼウスの息子・アポロにちなんだ名称の計画というよりも、当時の時代背景が関係していると考えられますが、すべて男性宇宙飛行士が搭乗しています。再び有人月着陸を目指すアルテミス計画の名称には、女性初の月着陸を意識してアポロの双子とされる月の女神の名前が選ばれています。2024年に月面に降り立つ女性が誰になるのか、気になるところです。

 NASAは昨年12月に、月有人探査飛行士・アルテミスチームとして18人を選考しました。

ノミネートされたアルテミスチームの18人(NASAホームページより)

 米海軍や空軍、陸軍などに所属したり、科学者のバックグラウンドがあったりする人物で、うち半数の9人が女性です。この18人はNASAがパートナーを組んでいるスペースXボーイングロッキード マーティンなど民間企業と協力しながらアルテミス計画の準備を進めていくことになります。

 アルテミス計画には米国の民間企業のほか、ESA(欧州宇宙機関)CSA(カナダ宇宙庁)JAXA(宇宙航空研究開発機構)などが参画していて、日本とアメリカとの間では2021年1月、ゲートウエイの協力に関する覚書が交わされました。将来は日本も含め、アルテミス計画に協力する国・組織の宇宙飛行士も月に行く可能性が考えられますが、まずはNASAが“first woman and next man on the Moon”(月に立つ最初の女性、そして新たな男性)とする2024年の月着陸メンバーは、アルテミスチームの18人の中から選ばれることになりそうです。

アルテミス1・2・3で、月着陸に向けてホップ、ステップ、ジャンプ

 2024年の月面着陸に向けて必要となるのは、強力な打ち上げ手段です。

 NASAはスペースXやボーイング、ロッキード マーティンなど民間企業とともに地球周辺の宇宙開発を進めており、アポロ計画のサターン5型ロケットの能力に匹敵するスペースローンチシステム(SLS)ロケットの開発を進めています。SLSロケットは2段式で、1段目のコアステージに2本の固体ロケットブースターを取り付けて打ち上げます。2段目の先に取り付けるモジュールを変えることで、さまざまな打ち上げに対応します。

SLSロケットは目的によって構成を変えて打ち上げられるようになっています(©NASA/MSFC)

 有人飛行の場合はオライオン宇宙船を取り付け、月周回有人拠点「ゲートウエイ」の部品や補給物資を打ち上げることも可能です。月と地球は38万km離れていますが、SLSロケットは地球から直線距離にして月の反対側の45万kmの地点にまで宇宙船を運ぶ能力を持っています。

 スペースシャトルのメーンエンジンが4基取り付けられたコアステージの燃焼試験が1月に実際されましたが、実際の打ち上げに必要となる約8分の燃焼時間に対して、1分ほどで終了してしまったため、現在原因を調査中です。NASAは月着陸までアルテミス1・2・3の3段階に分けてステップを踏んで目的を達成する計画を進めていますが、アルテミス1のSLSロケットのテスト飛行(2021年)に影響する恐れがあります。

 アルテミス1では、SLSロケットで無人のオライオン宇宙船を月の裏側まで打ち上げます。そこから地球に向けて軌道を変えて大気圏突入、太平洋への着水に成功すれば、続いてアルテミス2の実施です。順調にいけば、2022年に宇宙飛行士4人がオライオン宇宙船に乗り込んで、月―地球の重力を利用して往きに4日帰りに4日で月まで往復する弾丸ツアーに挑みます。月から6000km以上離れた月の裏側を通る「8の字」を描く軌道を予定していて、乗組員は月を手前に遠く離れた地球を臨むことになります。

月着陸を前に、宇宙飛行士4人が乗り込んで実施するアルテミス2の軌道図(©NASA)

 有人月面着陸を目指すアルテミス3では、月を周回する軌道に月着陸船を投入しておいて、その月着陸船にオライオン宇宙船をドッキングさせてから宇宙飛行士が月に降り立つ計画です。当初は動力推進モジュール(PPE)居住・物流モジュール (HALO)で構成されたゲートウエイを月周回軌道に建設し、そこから月面に降り立つ予定でしたが、計画が変更されました。

月探査、火星探査の拠点となるゲートウエイ

月周回有人拠点「ゲートウエイ」の想像図(©NASA)

 月周回軌道を回るゲートウエイは月有人探査の拠点となる重要な役割を担います。アポロ計画でも3人の宇宙飛行士が地球から飛び立ちましたが、司令・機械船と月着陸船がドッキングした状態で月まで飛行。月着陸船に乗り込んだ2人が月面に降り立ち、司令船に残った1人が月を周回しながら月面の2人を支援しました。

 アルテミス計画で司令・機械船の役割を果たすのがゲートウエイです。アポロ計画ではミッションごとに使い捨てでしたが、それを恒常的に月軌道に配置するというアイデアです。当面は動力推進モジュールと居住・物流モジュール のみですが、地球軌道を回る国際宇宙ステーション(ISS)のように、日本をはじめ参加している各国によってゲートウエイの施設・機能を拡充していく計画です。すでにカナダからロボット技術の提供やモジュールの建設、日本からは居住用部品の提供と物流の供給、欧州からも居住や燃料補給の支援が予定されています。また、ミッションごとに必要となる物資をゲートウエイに運ぶロジスティクスを、スペースXが担う予定になっています。

 今世紀中には、月の南極付近に恒常的に有人活動を実施できるよう、有人基地を建設する構想が進められています。これにより、月とゲートウエイの間を、宇宙飛行士や物資が月着陸機で行き来することができるようになります。JAXAとトヨタが共同で、燃料電池車両技術を用いた月面でのモビリティ「LUNAR CRUISER(ルナ・クルーザー)」の開発を進めるなど、月を利用するためのさまざまな取り組みが行われています。

 また、地球から物資を送るのではなく、月の資源を利用して、燃料や水、酸素を生産することも視野に入れています。

 火星有人探査の実現においても、ゲートウエイは中継基地としての役割が期待されています。地球から物資を一度に火星に向けて打ち上げるのは効率が悪く、地球から何回かに分けて物資を運んで準備を整えるのに、ゲートウエイを活用するアイデアです。

 月、そして火星――。かつてアフリカの地で誕生した人類が地球全域に生活圏を広げてきたように、地球以外の天体への進出は必然である、という気がしてきますね。

川巻獏 著者の記事一覧

サイエンスライター。1960年、神奈川県出身。東京工業大学理学部卒。新聞社科学記者を経て、川巻獏のペンネームで執筆活動をしている。自然科学からテクノロジーまで幅広い分野をカバー。宇宙・天文学分野を中心に活動している。

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