《シリーズ「アルテミス計画」を追え その③》打ち上げロケット1段目エンジンの燃焼テストに成功!

 将来の火星への有人探査の実現に向けて、アポロ計画以来となる人類の月着陸を目指すアルテミス計画。三段跳びのように3段階に分けて課題を克服しながら、月への有人着陸を達成しようと、準備が進められています。

 それにはまず、無人のオライオン宇宙船を月の周回軌道に投入し、地球まで帰還させて、太平洋上で無事に回収するアルテミス1のミッションを成功させる必要があります。焦点となっているのが、スペースローンチシステム(SLS)ロケットの開発です。

 月に宇宙飛行士を送り届けるだけでなく、取り付ける機器の組み合わせを変えることで、火星に物資を運ぶロケットとしても活用するためです。打ち上げを想定して日本時間3月19日に行われたコアステージ(SLSロケット1段目)の燃焼テストは無事成功。アルテミス1の実現に向けて大きく前進しました。

日本時間3月19日に、ステニス宇宙センターのB2テストスタンドで行われたコアステージの燃焼テスト。(©NASA/Robert Markowitz)

 今後NASA(アメリカ航空宇宙局)で、予定通り2021年中に打ち上げられるかどうか慎重に検討することになります。

打ち上げに必要な8分19.6秒の燃焼テストをクリア

 2020年1月以降、NASAステニス宇宙センター(ミシシッピ州)でグリーンランと呼ばれるコアステージのテストが行われてきました。実際の打ち上げを想定して、液体酸素と液体水素の燃料タンクを積み上げた施設で、8段階に分けて動作確認を実施してきました。

8段階に分けてコアステージの動作確認をしてきたグリーンランのチェックリスト。1から8までチェックがつけられ、試験がクリアされました。(©NASA)

 コアステージは2011年に退役したスペースシャトルの主エンジンを改良したRS25エンジンを4基搭載。8段階目にあたる実際の打ち上げを想定して、初めて1月に実施された燃焼テストで4基のRS25エンジンを連動させて燃焼させたものの、事前に設定していた油圧システムの制限値を超えたため超燃焼開始から67.2秒後にシャットダウンしていました。

 3月19日の燃焼テストでは、制限値の設定を変更しての再挑戦でした。燃焼時間は打ち上げに必要な8分19.6秒、消費した液体酸素・液体水素は2600kL(キロリットル)に達し、計算上は約725t(トン)の推力を発生させたことになります。

 燃焼テストに成功したコアステージは、アルテミス1のミッションでSLSロケットの1段目としてそのまま使われることになっています。今後、時間をかけて、燃焼データの解析とともにエンジンの点検・メンテナンス作業を施して、発射場のあるケネディ宇宙センター(フロリダ州)に搬送されることになります。

 アルテミス1の打ち上げは2021年中を計画していますが、燃焼テスト後の記者会見でNASAの担当者は「打ち上げの状況については話したくありません。今日のように一歩ずつ前進させるだけです」と、2021年に打ち上げられるかどうか、チャンスを探っていく慎重な姿勢を示しています。

SLSロケットのバリエーションは計6タイプ

 打ち上げに向けてケネディ宇宙センターでは、すでに固体ロケットブースターなどSLSロケットの組み立て作業が始まっています。

 アルテミス1で使われるロケットは、ブロック1と呼ばれる組み合わせで機器を構成します。最下段が長さ約60m、直径約8mのコアステージで、その上に液体燃料推進ステージ(ICPS)を取り付けたオライオン宇宙船が位置しています。

 両側に取り付ける固体ロケットブースターは2本。全長約100m、総重量約2600tの機体が発生させる推力は4000t近くになります。

アルテミス1のミッションで使われるSLSロケットの構造図(©NASA)

 推力はアポロ計画で使われたサターン5型よりも15%アップしているとはいえ、月軌道まで運べる重量は、わずか27t。地球重力から脱出するのにいかにエネルギーが必要なのかがわかります。

 SLSロケットは目的に応じて6つのバリエーションが用意されています。基本構成にはアルテミス1で使われるブロック1のほか、ブロック1Bブロック2の計3つがあります。それぞれオライオン宇宙船を打ち上げるクルーバージョン、貨物を打ち上げるカーゴバージョンの2種類あるので、計6つのタイプに大別されます。

SLSロケットの6つのバリエーション。月軌道に投入できる重量は、左から順にブロック1 クルーバージョン:27t、ブロック1 カーゴバージョン:27t、ブロック1B クルーバージョン:38t、ブロック1B カーゴバージョン:42t、ブロック2 クルーバージョン:43t、ブロック2 カーゴバージョン:46tとなっています。(©NASA/MSFC)

 ブロック1はメイン推進装置がコアブロックだけの1段式ロケット、ブロック1Bとブロック2はコアブロックの上に探査上段ステージ(EUS)を取り付けて推力を増した2段式ロケットとなっています。ブロック2では、ブロック1とブロック1Bの固体ロケットブースターに代えて強力なブースターを使用する計画で、火星や他の天体に探査機を送り込むのにも使われます。

 ブロック1のバリエーションのロケットによる打ち上げで、オライオン宇宙船は秒速7.8kmのスピードで地球を回る高度160kmほどの地球低軌道(low-Earth orbit、LEO)に投入されます。月はもとより、火星に重い宇宙船や物資、探査機、あるいはNASAが深宇宙探査(deep space mission)と呼ぶ、さらに遠い太陽系の天体に探査機を飛ばすには、地球低軌道上でさらに加速しなくてはいけません。ブロック1でこの目的に使われるのは液体燃料推進ステージ、ブロック1B、ブロック2では探査上段ステージというわけです。

月の裏側から地球に帰還できるかリハーサル

 アルテミス1は、人を月に送り込む前に基本性能を確認するリハーサルという位置づけです。無人のオライオン宇宙船を地球から45万km離れた月の裏側にまで到達させ、さらには大気圏突入の際の2700度を超える高温、秒速11kmという高速に帰還カプセルが耐えられるかをテストします。打ち上げから帰還まで26日間におよぶミッションです。

 計画では、ケネディ宇宙センターの39b発射台から打ち上げられてから2分後に、2本の固体ロケットブースターが切り離され、無事に宇宙に到達した段階で必要がなくなった非常脱出装置が先端から取り除かれます。続いてコアステージのエンジンが燃焼を終えて切り離され、オライオン宇宙船は地球低軌道に入ります。この段階で地球に帰還するまで必要となる電力を供給する4枚の太陽電池パネルを広げます。

 以下は、アルテミス1の打ち上げから帰還までの流れを説明したNASAの動画(約10分)です。

 地球低軌道での液体燃料推進ステージを1時間半、噴射させることで、オライオン宇宙船はNASAが地球―月弾道飛行(trans-lunar injection)と呼ぶ、月に向かうコースに乗ります。

 一方、液体燃料推進ステージは役目を終えて切り離された後、太陽を回る人工物となりますが、搭載している13機(以下を参照)の小型科学衛星を順次放出します。

13機の科学衛星

■月観測

Lunar FlashlightNASAジェット推進研究所レーザー光による氷の観測
Lunar IceCubeモアヘッド州立大学赤外線による水や揮発物の観測
LunaH-Mapアリゾナ州立大学月の南極周辺の水素分布の観測
オモテナシ(OMOTENASHI)宇宙航空研究開発機構世界最小の月着陸機による探査
LunIRロッキード マーティン月表面の高度赤外線による観測

■太陽観測

CuSP        サウスウエスト・リサーチ研究所粒子や磁場などの宇宙気象観測

■小惑星探査

NEA Scout         NASAマーシャル宇宙飛行センター地球近傍小惑星へのソーラーセイル飛行

■地球観測

EQUULEUS     東京大学/宇宙航空研究開発機構        地球―月ラグランジュ点への航行技術の検証、地球プラズマ圏の観測、月閃光・小惑星の観測

■その他

BioSentinelNASAエイムズ研究センター宇宙放射線の単細胞酵母への影響調査
ArgoMoonESA/ASIなど液体燃料推進ステージ(ICPS)への接近・観測
Team Milesマイルススペース社プラズマスラスタ推進システムの検証
Cislunar Explorersコーネル大学不活性水推進システムの検証
CU-E3コロラド大学ボルダー校太陽放射圧推進システムの検証

 これらは将来の月有人探査に必要となる水に関する情報のほか、太陽や小惑星、地球などを観測したり、新しい推進システムを検証したりする目的で、宇宙関係機関や大学、研究所、企業などによって開発されたものです。

 地球と月の距離はおよそ38万kmあるので、オライオン宇宙船は月に4日ほどかけて到達し、月面から100kmの距離にまで近づいた後、サービスモジュールの推進装置を噴射して軌道を変え、月から7万km離れた周回軌道に入ります。地球に帰還する際には、再び推進装置によって軌道を変えて、月―地球弾道の飛行コースに乗ります。大気圏突入時にはサービスモジュールは切り離され、オライオン宇宙船はカプセルの形となって戻ってきます

 最後はパラシュートを広げて、太平洋のカリフォルニア沖に着水することになっていますが、果たして無事に終了するかどうか――。有人月着陸に向けた次のステップを踏むためにも、万全の準備が求められています。

過去に実施されたオライオン宇宙船回収のテスト風景。(©NASA)

川巻獏 著者の記事一覧

サイエンスライター。1960年、神奈川県出身。東京工業大学理学部卒。新聞社科学記者を経て、川巻獏のペンネームで執筆活動をしている。自然科学からテクノロジーまで幅広い分野をカバー。宇宙・天文学分野を中心に活動している。

【バックナンバー】

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その①》NASAアルテミス計画の全貌

《シリーズ「アルテミス計画」を追え その②》パーシビアランスが火星に着陸!火星探査ラッシュの到来

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