連載《人体MAPS》 第6話「鼻」

 体の中には、ふしぎがいっぱい! この連載では、自分の体の中のいろいろな部分をめぐる旅の案内をしていきます。人体の“地図”を手に、一つひとつの部分の役割を知っていけば、もっと自分の体、そしてまわりの人の体を大切にする気持ちがわいてくるでしょう。

みんなと一緒に人体をめぐる旅をするヒュウマとミコト。

 今日のお話のテーマは「鼻」です。

鼻はなんのためにある?

 あなたの「鼻」は体のどこにありますか? さわってみましょう。

 そう。顔のほぼ真ん中に1つありますね。そして鼻の下には2つ
あな
があいています。

 では、鼻はなんのためにあるのでしょう。そうです、鼻は、においをかぐこと、そして息を吸ったり吐いたりする呼吸を行うためにあるのです。

 焼きたてのクッキーやマフィンのにおい、春のそよ風とともに(ただよ)うほのかに香るお花のにおい、おいしそうなカレーライスのにおい、それらを感じ取ることができるのは鼻があるおかげです。ですから、鼻があるって、すごく便利です!

 もし鼻がなかったら? あなたはにおいをかぐことができません。

 では、確かめてみましょう。鼻の孔を指でふさいでみてください。このとき呼吸は口で行ってね。

 どう? 鼻の孔をふさいだらにおいがしなくなったでしょ? 鼻から息もできなくなったでしょ? だから、鼻がなかったらとても不便です。

においを感じることとは?

 鼻をふさがなくても、あなたがいるその場所に「においの(もと)」がなかったら、何もにおいは感じません。つまり、においの原因となる「においの元」が鼻の中に入ってこないと、においを感じることができないのです。

 「においの元」は空気に混じってあなたの鼻の中にある鼻腔(びくう)という場所に入ってゆく。鼻腔のてっぺんには「においの元」を感じとることができる特殊なセンサー「(きゅう)粘膜(ねんまく)(きゅう)上皮(じょうひ)」という場所があって、そこに「においの元」が触れると、あなたはにおいを感じることができるのです。

 風邪をひいたときなどに、鼻が詰まると「においの元」が嗅粘膜に触れることができなくなるから、あなたはにおいがわからなくなる。このとき、鼻で行う呼吸はどうなりますか? もちろん、鼻では呼吸ができません。でも大丈夫です。呼吸は口からもできます。

においの元って何?

 においの元って何でしょうか。その正体は、目で見ることはできない空気中をただよう小さな化学(かがく)物質(ぶっしつ)です。普通に空気を吸うより、くんくんと強く吸った方がにおいを強く感じられますね。これは、においの元の化学物質をたくさん鼻の中に取り入れるからなのです。

鼻の中は「鼻腔」という空洞になっています。鼻腔の天井には「嗅粘膜(嗅上皮)」というにおいのもとになる物質を受け取る場所(嗅毛
きゅうもう
)があります。ここににおいの元になる物質が触れると、その情報が神経を伝って脳(嗅球とそこから続く脳の一部)に送られます。すると私たちは「においを感じる」ことができるのです。

鼻をくわしく観察してみよう

 では、鏡を使って自分の鼻と鼻の孔をよく見てみましょう。ついでにおうちの人の鼻と比べてみましょう。

 鼻の孔の(おく)に、たくさんの毛が生えているのが見えるかな? これ、鼻毛(はなげ)と普段(ふだん)はいうけれど、正式には鼻毛(びもう)といいます。鼻の孔のさらに奥には、ネバネバした液体(粘液(ねんえき))と(せん)(もう)とよばれる鼻毛よりさらに細い毛がたくさん生えていて、それらが鼻の奥にある「のど」や、そのまた奥にある「気道」の表面を(おお)っています。それらのおかげで、吸った空気中に含まれるホコリ、チリ、ばい菌などは体の奥に入っていきにくくなります

鼻の奥は、のどとつながり、やがて気道とよばれる空気の通り道となります。のどや気道の表面には「粘液」と呼ばれるネバネバした液体と、「線毛」とよばれる毛が生えていて、ばい菌やホコリなどを体内に入れないようなしくみがそなわっているのです。

 呼吸によって吸った空気はやがて体の中の「(はい)」というところに入っていくことを考えると、できるだけきれいな空気が入った方がいいと思いませんか? つまり、呼吸のとくに「吸う」動作は口からよりも鼻で行ったほうが、よりきれいな空気を体の中に入れることができるってわけですね。鼻はまるで空気(くうき)清浄機(せいじょうき)みたいです。

鼻はきちんとかみましょう

 ここで1つ注意です。風邪を引いたときなどに出る「鼻水や鼻汁」は吸い込まないで、きちんとかみましょう

 実は、鼻の奥にある「のど」は、細い通路(「耳管(じかん)という)で「耳」とつながっています。ですから、鼻水や鼻汁にまじったばい菌にとっては、のどから耳に移動できる“道”が用意されていることになります。すると、耳の中でばい菌が増えてしまって、「中耳炎(ちゅうじえん)」という病気を起こしてしまうことがあるのです。

 ですから、鼻水や鼻汁はしっかりかみましょう。ただし、鼻をかむときは、“片方ずつ”、“ゆっくり”、“強くかみすぎない”ように注意しましょう。

鼻のくわしいはたらき

 鼻の便利なはたらきのお話をもう少し。

 あるときあなたは、(くさ)りかけたあやしい食べ物をくんくんにおう。またあるとき、あなたが(みち)を歩いていると、どこからか(いや)なにおいがしてくることに気づいた。そんなときあなたはどうしますか?

 そう、変な(にお)いのするものは食べないし、嫌な臭いがする場所には近づかないよね? 汚いもの、腐っているもののほとんどは嫌な臭いを出すことが多いから、「(くさ)い」とか「なんか変」、「嫌な」においに気づく能力というのは、“体に危ない物を入れないように”というSOSで、つまり体を守る信号となるのです。すごいでしょ、鼻って!

 ちょっと余談(よだん)だけど、みなさん気づきました? 一般に、ニオイはニオイでも嫌な(不快な)においを表すときは「(にお)い」という漢字が使われます。臭(にお)いは臭(くさ)いとも読むから、わかりやすいですね。

  さて、そんな人間の鼻のすばらしい能力だけど、実は世の中にはにおいを嗅ぎわけることの“達人”がいます。達人といっても、人ではなくイヌです。イヌは人の百万倍から一千万倍も(するど)い、におう力を持っているようです。訓練(くんれん)された警察(けいさつ)(けん)はそんなイヌのすぐれたにおいの力で、事件の犯人を(さが)す手がかりを見つけてくれるのです。とても心強い味方だね。あなたがもし犬のペットを()っていたら、一度かくれんぼをしてみましょう。きっとそのペットは、あなたのにおいをたよりにすぐに見つけてしまうことでしょう。

鼻にまつわることわざ・言い伝え

 ここで「鼻」を含んだ言葉を1つ紹介しましょう。

 あなたは、「目と鼻の先」という言葉を聞いたことありますか? 目と鼻はおとなりさんの関係、つまりとても近いところにありますね。ですから、とても近い距離にあることを、「目と鼻の先」っていいます。この言葉はとてもよく使われます。

 「クレオパトラ(正式な名前は『クレオパトラ7世フィロパトル』)」という人の名前を聞いたことありますか? 昔、パスカルっていう(えら)い学者さんが書いた「パンセ」という本の中でこんな有名な言葉があります。

“クレオパトラの鼻、それがもっと短かったら、大地の全表面は変わっていただろう”

 クレオパトラは、中国の(よう)()()、日本の小野小町(おののこまち)にならぶ世界三大美人の一人と言われた絶世の美女です。その理由は鼻の形にあるのだそうです。「クレオパトラ」でインターネットの画像検索をすれば、クレオパトラのいろいろな絵が出てくるので見てみましょう。「鼻筋(はなすじ)が通る」という言葉があるように、鼻は美人の一つの象徴になっていたようです。

鼻をほじほじ♪

 あなたは鼻クソをとるため鼻をほじほじしますか? くれぐれも鼻のほじほじのし過ぎには注意しましょう。

 鼻の孔の入り口から少し入った内側は、細くて弱い血管がたくさん集まる「キーゼルバッハ部位」と呼ばれる場所で、爪などで傷つけるとかんたんに鼻血が出ます。

鼻腔の中の構造。鼻腔を囲う壁はとても敏感で、刺激を受けるとクシャミがでます。また、鼻の孔の入り口付近は、細くて弱い血管が集まった場所(キーゼルバッハ部位)があります。鼻くそをとろうと鼻をほじくると、この付近の血管を傷つけて「鼻血」を出してしまうかもしれません。

 もちろんほじほじして出てきた鼻くそを食べたりしないでね。ドキッとしたあなた、一度鼻クソを顕微鏡でみてごらん。きっと、ホコリやばい菌をたくさん含んだ“かたまり”が観察できることでしょう。

まとめ

 今日のお話をまとめると、鼻は匂いをかぐことと呼吸をするためにある。鼻水や鼻汁は吸い込まず、きっちりかむ。ただし鼻は片方ずつゆっくりかむこと。

 いかがでしたか? 「鼻」はあなたの体の中の大切な場所だということがわかりましたか? もし、あなたの周りに匂いをかぐことができない、または匂いをかぐ力の不自由な方がいらしたら、あなたの匂いをかぐ力で助けてあげてね。

 大切にしましょうね、あなたの「鼻」。

川畑龍史 著者の記事一覧

大阪大学大学院医学系研究科修了 博士(医学)。国立長寿医療センター(研究所)にて慢性腎不全の病態研究に従事。現在、名古屋文理大学短期大学部食物栄養学科准教授、愛知学院大学心身科学部客員研究員。主な担当科目は、自然科学、生物学、解剖生理学、生化学、病態生理学、病態治療論。主な著書:『人体の中の自然科学』(東京教学社)、『解剖生理学実験』(東京教学社)、『なんでやねん!根拠がわかる解剖学・生理学 要点50』(メディカ出版)、『ほんまかいな!根拠がわかる解剖学・生理学 要点39』(メディカ出版)、『イカのからだの不思議発見』(文芸社)など

(イラスト/齊藤恵)

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第2話「心臓」

第3話「胃と腸」

第4話「頭」

第5話「耳」

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