宇宙飛行士選抜試験の最終試験会場のひとつに潜入!

新しい日本人宇宙飛行士候補の選抜試験が大詰めを迎えています。その最中に、選抜試験の会場とその内容の一部が報道陣に向け、公開されました。宇宙飛行士候補者選抜試験の会場や内容が試験期間中に公開されたのは初めてのことです。いったい、どんな試験が行われたのでしょうか。

月を模した宇宙探査フィールド

 扉を開けて、中に入るとそこはとても広い部屋で学校のプールほどの空間になっていました。でも、部屋の中にあるのは水をたたえたプールではなく、大量の砂が入れられた砂場のような場所。砂は平坦ではなく、奥の方は盛り上がり、山のようになっていました。

 この砂場の正体は、神奈川県相模原市にある宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の一角にある宇宙探査実験棟の中につくられた宇宙探査フィールドです。2023年1月、この宇宙探査フィールドが、現在選考が進められている新しい日本人宇宙飛行士候補者の選抜試験会場のひとつとなり、報道陣に公開されました。

報道陣に公開された宇宙探査フィールド。(画像提供/荒舩良孝)

 月は地球と同じように岩石が主成分の天体です。でも、多くの場所は表面にゴツゴツとした岩が露出しているわけではなく、岩石などが細かく砕けたレゴリスと呼ばれる微粒子が堆積しています。宇宙探査フィールドでは、幅約23m、奥行き約18mの空間に425トンの珪砂を敷きつめ、レゴリスが堆積している月面の環境を再現しており、月面探査ローバーの開発などに利用されています。

足跡がついたフィールドの表面。(画像提供/荒舩良孝)

 天井からまんべんなく照らしたときはただの砂場にしか見えないのですが、天井照明を消して、太陽光を模擬したキセノンランプを照らすと、月面のような雰囲気が醸し出されます。そして、防塵服やマスクを身につけた人が歩いていると、遠目にはまるで宇宙服で探査する姿のように見えました。

キセノンランプで照らされ、まるで月を歩いているような光景に。(画像提供/荒舩良孝)

 選考中の宇宙飛行士候補者選抜試験の会場などが公開されたのは、初めてのことです。JAXA広報部長の佐々木薫さんは、「JAXAの活動は、透明性をもって、なるべくすぐにお知らせするという方針があります。今回の選抜試験でも、国民の皆様に宇宙飛行士が選ばれる過程を可能な限りお知らせするために公開しました」と理由を語りました。

13年ぶりの日本人宇宙飛行士候補募集の最終試験に残ったのは10名

 JAXAが新しい日本人宇宙飛行士候補の募集を開始したのは2021年12月のことです。前回の募集は2008年で、そのときは油井亀美也宇宙飛行士、大西卓哉宇宙飛行士、金井宣茂宇宙飛行士の3人が選出されました。そのとき以来、13年ぶりの募集となり、日本全国で大きな話題となりました。

 しかも、今回は応募条件が前回までよりも緩和されています。前回までの募集では、理系分野の大学を卒業していることが必須条件だったのですが、今回はその条件がなくなったのです。宇宙飛行士は宇宙船やロボットアームの操作、さまざまな科学実験の実施など、理系分野の知識が求められることがたくさんあります。でも、理系分野の大学を卒業していなくても、宇宙飛行士に必要な知識を身につけられる可能性があるために、選考過程の中で理系分野の知識をチェックすることにしたのです。このような応募条件の緩和もあったためか、最終的な応募者はこれまで最高だった前回の953名よりも約4.3倍も多い4127名となりました。

 宇宙飛行士候補者は1年ほどの時間をかけてじっくりと選ばれます。まず、応募のときに提出したエントリーシートや健康診断結果の書類から、求められる条件を満たしているのかを調べる書類審査。書類審査を通過した人はインターネットで英語力、一般教養、理系分野の知識などを審査した第0次選抜を受けました。これらの審査を経て応募者の5%ほどとなる205名に絞られました。

 続く第一次選抜からは会場に集まって実施する試験も組み合わされ、より本格化していきます。2022年11月には第二次選抜試験が終わり、合格者は男性8名、女性2名でした。そして、2023年1月10日から、最終試験となる第三次選抜が始まりました。第三次選抜は2月上旬までの期間で、複数の試験が実施されます。その一部が相模原市にある宇宙探査フィールドで行われました。

 ここで行われたのは、医学特性検査と英語プレゼンテーションの面接試験のふたつ。医学特性試験は、宇宙飛行士に求められる精神心理的な特性や身体機能、注意力などの作業運用特性を評価するためのものです。第三次選抜では10人の受験者が3人、3人、4人の3つのチームに分かれ、探査ローバーを用いて与えられた課題をクリアするというミッションが与えられました。課題をクリアするために、チームで探査ローバーの準備をし、遠隔操作していきます。

試験準備において走行確認をしている探査ローバ。(©JAXA)

 この試験のポイントはローバーを走らせることではありません。JAXAで候補者選抜の担当をしている西川岳克さんは「ローバーをうまく走行させるのが目的ではなく、チーム内でのやり取りをポイントにしています」と説明しました。やり取りを観察することで、コミュニケーションや状況判断の力など、集団行動による業務遂行能力を評価するといいます。

 その後に実施された英語プレゼンテーションでは、自身が直前に体験したことを試験官に英語で5分ほど話しました。その体験とは、宇宙探査フィールドを使用した擬似月面滞在体験です。受験者は、細かい砂塵を防ぐために防護服やマスクなどを身につけた状態で1人ずつ宇宙探査フィールド内に滞在しました。そして、別室に移動した後、その体験について語るのです。

 今回の選抜試験では、自らの体験などを世界の人たちと共有するための表現力や発信力が重視されてきました。第二次選抜まででも、英語やプレゼンテーションの課題がありましたが、この課題はそれらの総まとめのようなものだといいます。「(受験者の中で)相対的により優れた能力を持つ人を選ぶために実施ました」(西川岳克さん)

 第三次選抜を受験した10名の中から、何人の宇宙飛行士候補者が選ばれるのでしょうか。結果は2月下旬に発表される予定です。今から楽しみに待ちましょう。

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科学ライター/ジャーナリスト。科学の研究現場から科学と社会の関わりまで幅広く取材し、現代生活になくてはならない存在となった科学について、深く掘り下げて伝えている。主な著書は『地球を飛び出せ!宇宙探査』(誠文堂新光社)、『ブラックホールと宇宙の謎』(岩崎書店)、『生き物がいるかもしれない星の図鑑』(SBクリエイティブ)など。

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