JAXA宇宙科学研究所・兵頭龍樹さん -なぜ行くのか? 理論研究で月や火星探査の道筋をつける《好きをミライへつなげる講座》

宇宙科学の理論研究というと何だか難しそうなイメージですが、“理論家”と呼ばれる研究者はどんな仕事をしているのでしょうか? さまざまな惑星や小天体の研究を行い、JAXAの惑星探査計画にもたずさわる兵頭龍樹先生に、月や火星に行く本当の意義について、ご自身の研究成果をまじえてお話を伺いました。将来、宇宙にかかわる仕事がしたい人は必見!

兵頭龍樹(ひょうどう・りゅうき)
JAXA宇宙科学研究所・太陽系科学研究系・国際トップヤングフェロー。惑星形成論および惑星探査を専門とする。コンピュータシミュレーションと理論的手法を用いて、多様な惑星系、小天体、リングの形成と進化過程の理解(惑星形成論)を目指している。また科学的な側面から惑星探査ミッションを積極的に価値最大化・構築すること(惑星探査学)を目的としている。これまで、Cassini、Hayabusa2、BepiColombo、MMX、次世代サンプルリターン計画、OPENS(日本初の外惑星探査計画!?)など、ESA・NASA・JAXA の3機関の探査計画に参画している。

惑星の理論研究ってどんなことをするの?

―─現在、どのような研究に携わっているのか教えてください。

 僕の研究には2つのキーワードがあります。

 1つは「惑星形成論」。わかりやすくいうと、太陽系がどのようにしてできたかを考える学問です。今では太陽系の外にある星の周りの惑星もたくさん見つかっているので、そうした系外惑星も含めて、いろいろな惑星系の成り立ちなどを研究しています。惑星形成論には理論、観測、実験という3種類の研究者がいて、僕はいわゆる“理論家”です。

 もう1つ、JAXAのお仕事では「惑星探査」を専門にしています。JAXAはロケットを打ち上げたり、宇宙でいろいろな探査を行ったりしていますが、僕はロケットや探査機をつくるエンジニアではありません。宇宙に行く前に、「日本はなぜそこに行くのか?」「なぜそのような探査をするのか?」という意義を考えて説明するのが僕の大きな役割です。

―─理論研究はどんなところがおもしろいですか?

 理論のいいところは、実験室や観測施設がなくてもできること。1人または少人数でできるし、パズルを解く感覚に似ていると思います。たとえば、地球の衛星の月や土星の輪っかはどうやってできたのか? ある仮説を思いついたらコンピューターの中でシミュレーションしてみる。それが完璧に証明できたときは、難しいパズルが解けたときみたいに楽しいですよ!

 でも、実際には99%うまくいかないし、やってみたけど大しておもしろくなかったりして、失敗する仮説は山のようにあります(笑)

―─太陽系の惑星の中で、どれが今一番おもしろいですか?

 やっぱり僕自身がずっと研究している火星と土星かな?

 おそらく火星は、あと20~30年すると人類がはじめて降り立つ惑星になるので、行く前に理論家としてやることがいっぱいあるんです。火星のこの場所に行けば水があるはずだとか、頭の中でしっかり道筋を考えていくのが、今僕らがやるべき仕事ですね。

 土星はNASAのカッシーニ計画にもかかわって研究を続けていますが、土星の輪はどうやってできたと思いますか? 土星の輪は水の氷の粒でできていて、それが無数に回っているから、遠くからだと輪っかに見えます。僕は、それがほぼ氷だけで岩石が少ししか含まれていないことが不思議だと思いました。もしかしたら、彗星みたいに大きな天体が近づいたとき、土星の重力は非常に大きいので表面に張った氷だけがバリバリとはがされて、それが周囲を回るようになったのではないか? そんな仮説を立ててシミュレーションをしてみると、本当にそういう現象が起こることがわかったんです。現在、このリング形成の理論は世界中で受け入れられています。

土星探査機カッシーニが撮影した土星とリング。カッシーニはNASA(アメリカ航空宇宙局)とESA(欧州宇宙機関)が共同開発し、1997年に小型探査機ホイヘンスとともに打ち上げられた。2004年に土星の軌道に到達し、翌年ホイヘンスが土星の衛星タイタンへの着陸に成功して観測を行った。(©NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute)
兵頭先生が自作した、C言語で書かれた研究用プログラム。理論研究では、仮説をもとにコンピューターでシミュレーションを行って理論を裏付けていく。(画像提供/兵頭龍樹)

―─研究に取り組むにあたって大事にしていることはありますか?

 惑星探査というとロマンがありますが、ものすごくお金がかかるんですね。もちろん月や火星の衛星に行くのは探査が目的ですが、それだけではよくないなと思うんです。その惑星に行くことで将来、人類にとってどんなメリットがあるのか? その発見が他の科学分野にどうつながっていくのか? 多種多様なステークホルダーに資することが大事です。理論家としては、そういうところまできちんと考えて研究をすることが大事だと思います。

学生時代にスポーツから学んだチームワークの大切さ

―─中高生のころから宇宙に興味がありましたか?

 特に宇宙とか星が好きというわけではなかったんです。JAXAの研究者には、子供のころから天文ファンだったり、日本人宇宙飛行士や「はやぶさ」の活躍を見て志望した人も多いので、僕は少し変わったタイプかもしれません(笑)。

―─得意な科目、苦手な科目は何でしたか?

 数学、物理など理系の科目は好きだし得意でした。一方、文系はあまりよくなくて、特に国語は苦手でしたね。でも、どんな研究をするにしても英語などの語学力、論文を書くための文章力は必要です。また海外の研究者や技術者とのコミュニケーションも欠かせないので、やはり語学の勉強は大事でしょう。

―─学生時代に経験したことで、今役に立っていることは?

 僕はスポーツが好きで、大学までサッカーをがんばってやっていました。サッカーは仲間とのチームワークが大切ですが、それは今の仕事にも通じるものがあります。

 観測家が望遠鏡で新しいものを見つけてきたら、僕ら理論家がそれについて調べるのですが、それにはまず実験家に「こういう実験をしてほしい」と頼んで、その結果をもとにコンピューターでシミュレーションをします。みんなで協力し合って研究を進めていくスタイルは、まさにチームプレーです。

 それと惑星科学って結構体力のいる仕事なんです。理論家は部屋にこもって作業するイメージですが、観測家は海外の標高数千mにある天文台に行ったり、夜通し観測をすることも珍しくありません。実験家は実験室の中だけでなく、現地に足を運んで材料を集めたりもします。そんなハードワークをこなすには体力づくりも大事ですね。

惑星探査はさまざまな分野がかかわる「総合格闘技」

―─宇宙が大好きというわけではなかった兵頭先生が、惑星の研究者になろうと思ったきっかけは何だったんですか?

 子供のころから研究者になりたかったわけじゃなくて、映画『インディ・ジョーンズ』や漫画『HUNTER×HUNTER』に出てくるような冒険家に憧れていたんです。高校卒業で進路を決めるとき、考古学者や海洋学者もいいなと思ったけど、それよりも宇宙の方がまだわかっていないことが多いのかなというそのときの自分のイメージで、宇宙分野を選びました。

 宇宙といっても、銀河とかブラックホールは遠すぎてなかなか想像できませんが、月や火星なら20~30年後には本当に行って冒険できるんじゃないかと思って、惑星の研究ができる学科(神戸大学理学部地球惑星学科)を選びました。学生時代にはバックパッカーで世界70か国を回ったりしました。知らない場所に冒険に行くのが楽しいので、いつか月と火星にはぜひ行きたいですね!

―─研究者になるまでに努力したことや、苦労したことはありますか?

 研究は厳しい世界です。必ずしも学校の成績がよかったから成功するわけではないし、すぐに成果が認められるわけでもありません。いっぱい失敗するのは当たり前だから、それでも諦めずにがんばって続けることができるかどうか……ですね。

 僕の場合は、運もあったと思います。大学の4回生のとき、NASAで「カッシーニ」という土星探査計画にかかわってこられた先生の研究チームに入ることができました。カッシーニは大規模な国際プロジェクトで、当時フランスからも教授が来ていたんです。その先生が僕の研究に興味をもってくださり、大学院の修士課程のときパリ大学に誘われて、博士号はフランスで取得しました。帰国後はポスドク(博士研究員)として東京工業大学に入り、JAXAは大学の先生として呼ばれて今のポジションにあります。

NASAカッシーニ・プロジェクトの科学チームが大集合! 世界中から大勢の研究者が参加した大規模なプロジェクトだ。兵頭先生はどこにいるか探してみよう!(©NASA/Jet Propulsion Laboratory-Caltech)

―─将来、JAXAに入って仕事をするにはどうすればいいですか?

 宇宙飛行士になるには数年または数十年に一度しかない厳しい試験を受けるしかないですが、JAXAの社員さん(文系職と理系職があります)は普通の会社と同じように毎年行われる採用試験を受けて入った人がほとんどです(僕のように研究以外にも教育を担当する教育職と呼ばれるポジションはまた違って、数年に一度の募集がチャンスです)。宇宙理論や天文学を専門的に勉強していないと入れないということはありませんよ。

 僕は、惑星探査はいろいろな分野の人が関わる「総合格闘技」だと思っているんです。ひと昔前は宇宙=物理学でしたが、10年ほど前から宇宙=物理+化学になり、さらにこの数年で宇宙=物理+化学+生物学になってきました。

 なぜかというと、火星に水がある証拠が見つかったり、土星の衛星の内部で全部海になっている場所が見つかったりして、宇宙のどこかに生命がいることはもう間違いない。いるか、いないかではなくて、どうやって見つけるかという時代なんです。

 月や火星に人が行くとなると食料や居住のことも考えなければならず、農業や建築の専門家も必要です。また、国際的な宇宙開発には法律の専門家が不可欠なので、文系の人こそチャンスがあると思います! 惑星探査はさまざまな分野の人を結集して挑むものになっているんです。

自分の好きなことを極めれば宇宙につながる!

―─これからの夢や目標を教えてください。

 僕らが生きている時代に、まず人類が月や火星に行けるようにしたい。それから、日本が土星にはじめて探査機を送り込めるようにしたいというのが今の目標です。

  これまで日本の探査機は火星より遠いところに行ったことがないんですよ(2024年に打ち上げ予定のMMX計画で初めて火星に向かいます)。僕はロケットをつくることはできないけれど、日本が土星のような「外惑星」に行く理由をしっかり伝えていきたいと思っています。土星には生命のいる衛星があるかもしれません。リングのでき方がわかると、その惑星や衛星についてもいろいろなことがわかってきます。土星に行く価値は非常に大きいので、JAXAの中でも土星を目指そうと提案するチームができあがってきています。

―─宇宙の研究に興味のある中高生にアドバイス&メッセージをお願いします!

 これからの宇宙分野は総合格闘技なので、物理や化学は苦手だけど生物は好きという人や、文系科目のほうが得意という人でも、将来宇宙の仕事をするチャンスはたくさんあります! 月や火星に行ってそこに住むには農業や建築の専門家がいるし、宇宙ビジネスがやりたいなら法律や経済の勉強も必要でしょう。宇宙にかかわる選択肢はどんどん広がっているので、自分の好きな科目を極めていくと、それが必ず宇宙につながると思います。

 また近年の宇宙開発は日本や欧米だけでなく、中国、インド、ブラジルといった国々もすごく勢いがあります。国際協力・国際協調がとても大事になります。みなさんもどんどん世界に出て行って、新しいことに挑戦してほしいですね!

―─ワクワクするようなお話、ありがとうございました! 3月11日のオンライン講座もよろしくお願いします!

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フリーライター。『子供の科学』をはじめ児童教育や科学分野、趣味の雑誌・専門書籍を中心に取材・執筆を行う。

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