《子供の科学 深ボリ講座》とってもミクロな「細胞の毛」のお話

『子供の科学』2023年12月号の「実はすごい! 生きものたちの 毛! 毛!! 毛!!!」をさらに深ボリ。本誌では載せきれなかった「細胞の毛」にまつわる話題を3つ紹介します!

 『子供の科学12月号』の特集では、動物や植物の体の表面に生えている「毛」に着目して、それらのさまざまなの役割を紹介しています。普段、気にかけることがあまりない毛ですが、体の表面の毛は、ときに命を支える働きがあります。もう1つ、生きものの毛で大切なのが「細胞の毛」です。とってもミクロな「細胞の毛」の興味深いお話を、筑波大学の稲葉一男先生にたくさん教えていただきましたよ。

細菌の「べん毛」

 まずは細菌の毛のお話です。細菌は原核生物の仲間です。原核生物とはどんな生物かを考える前に、真核生物についてみてみましょう。私たちヒトを含めた動物や、キノコやカビなどの菌類、植物、あるいは、ゾウリムシやミドリムシなど多様な生物を含む原生生物などは、いずれも真核生物です。

繊毛が生えているゾウリムシ
(周りに複数の毛が生えている)

鞭毛が生えているミドリムシ
(1本の長い毛と1本の短い毛が生えている)

 真核生物の細胞では、核膜で包まれた核の中にDNAの遺伝情報が入っています。一方、原核生物の細胞には核がなく、DNAの遺伝情報は細胞の中に裸の状態でしまわれています。このような特徴から、地球上の生物は、大きく真核生物と原核生物に分けることができるのです。

 さて、本誌では真核生物にみられる「細胞の毛」には「繊毛」と「鞭毛」があることを紹介しました。繊毛と鞭毛は、内部の構造は基本的に同じですが、1つの細胞に数百~数千本生えていて短いものを繊毛、1~2本ほど生えていて長いものを鞭毛と呼んでいます。

 細菌にも「鞭毛」という「細胞の毛」があります。ところが、細菌の「鞭毛」は、真核生物の「鞭毛」とは、まったくの別の構造をしています。真核生物の鞭毛が、おもに微小管という管状の構造物でできているのに対して、原核生物の鞭毛はおもにフラジェリンと呼ばれるタンパク質でできているのです。

 また真核生物の鞭毛は全体が動くのに対して、細菌の鞭毛は根元がモーターのように回転するという違いもあります。このように、まったく異なる「細胞の毛」を、どちらも「鞭毛」と表します。なんだか、紛らわしいですよね。そこで、原核生物のほうはひらがなで「べん毛」、真核生物のほうは「鞭毛」として区別することがあります。

※研究の世界では、真核生物の毛はすべて「繊毛」で統一する方向で動いています。

植物の精子

 次の話題は植物です。ふつう、動物の精子には鞭毛があります。精子の鞭毛は波打つように動き、精子を前へ進ませるのに役立ちます。意外に感じるかもしれませんが、植物にも精子があり、その精子には鞭毛があります。植物には緑藻類などを含めることもありますが、ここでは陸上植物に注目しながら、繊毛・鞭毛をみていきましょう。

 陸上植物は、大きくコケ植物、シダ植物、裸子植物、被子植物に分けることができます。これらのうち、もっとも初期に誕生したのがコケ植物です。続いて、シダ植物、裸子植物、被子植物と誕生してきました。

 これらの陸上職物では、それぞれ精子の繊毛・鞭毛の様子が異なっています。まず、コケ植物の多くでは、精子に2本の鞭毛があります。次にシダ植物。シダ植物の多くは、精子に多数の鞭毛が生えていますが、その数は分類群ごとに異なります。続いて裸子植物。裸子植物のうち、イチョウやソテツなどには、精子に多数の繊毛が生えています。一方、裸子植物でも、マツやスギなどのグループでは、精子に繊毛がないことが知られています。

 最後は被子植物です。じつは、その精子(精細胞)には鞭毛がありません。これは、精細胞が花粉管を通じて、直接卵細胞へと送りとどけられることと関係しているようです。

 このように植物の精子にみられる繊毛・鞭毛は、植物の進化とともに変化してきたと考えられます。植物の進化を知るうえで、繊毛・鞭毛は大きなヒントを与えてくれるというわけです。

クシクラゲの櫛板

 最後に、クシクラゲの「大きな繊毛」について紹介します。クシクラゲは稲葉先生が研究する生物の1つです。

クシクラゲ

 クシクラゲは名前に「クラゲ」とつきますが、クラゲにある刺胞、いわゆる毒針のようなものがありません。じつは、クラゲとクシクラゲは、名前も外見も似ているところがありますが、クラゲは刺胞動物で、クシクラゲは有櫛動物と、両者はまったく別のグループに分類されているのです。

 最近の研究では、クシクラゲは現生の動物の中で、もっとも原始的なグループの1つであり、多細胞動物の起源である可能性が示されています。

 さて、クシクラゲの繊毛の話に戻りましょう。クシクラゲの特徴は、虹色に輝いてみえる運動器官の「櫛板」があることです。櫛板は「大きな繊毛」で、じつは繊毛が数千本、数万本と束になった構造をしています。それらの繊毛が規則正しく、びっしりと並んでいるので、光が当たると虹色に光るのです。この櫛板を使ってクシクラゲはゆっくりと遊泳することができます。クシクラゲは繊毛で遊泳する最大の生物なのです。

クシクラゲの櫛板
クシクラゲの櫛板が虹色に光っている様子。とても幻想的だ

 ところで、櫛板は、どのように形作られているのでしょうか? それを解明したのが稲葉先生を中心とする研究グループです。

 最近の研究で、櫛板だけに存在するタンパク質が発見されています。このタンパク質は繊毛を束ねて、大きくするのに必要なだけでなく、櫛板が正常に波うち、クシクラゲ自身が遊泳するうえでも大切な働きをしていることがわかったそうです。水族館にクシクラゲと、その櫛板を観察しに行きたくなりますね。 

 「細胞の毛」がじつに多くの生きものにとって欠かせない、大切なものであることに驚かされます。知れば知るほど深い「細胞の毛」。細胞の毛を想像しながら、いろいろな生きものを観察してみるのも楽しそうですね。

写真・動画提供/ 筑波大学下田臨海実験センター 稲葉一男先生

取材・文

保谷彰彦 著者の記事一覧

植物学者、文筆家。たんぽぽ工房代表。博士(学術)。主な著書は『ワザあり! 雑草の生き残り大作戦』『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)、『生きもの毛事典』『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『ヤバすぎ!!! 有毒植物・危険植物図鑑』『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(あかね書房)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)など。中学校教科書「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」掲載中。WEB:http://www.hoyatanpopo.com/

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