【JWST短期連載③】ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の使命とは?

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)について語る本連載、連載①では、みなさんに宇宙から届いたカラー画像の美しさを味わってもらいました。そして前回の連載②では、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)の後継機として打ち上げられるまでをおさらい。その長い長い道のりについて解説しました。3回目の今回は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のスペックや目的などを中心にお話します。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の構造

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を正面から見たイメージ図。(画像/Northrop Grumman)

 ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として開発されたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡。前回もお話した通り、主鏡と副鏡がむき出しの状態になっていて、電波望遠鏡を思わせる形をしています。太陽光をさえぎるテニスコートサイズほどの多層遮光板(サンシールド)を座布団のように下に広げているように見えるのも特徴的です。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の構造。(出典/NASA)

 まずは、上の図を見ながら、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の構造をおさえていきましょう。右上から、主鏡(Primary Mirror)と副鏡(Secondary Mirror)で構成された光学望遠鏡部(OTE)です。前回もお伝えした通り、主鏡は18枚の分割鏡になっています。

 そして時計まわりに、サンシールド(Sunshield)、天体トラッカー(Star Trackers)、機体制御バス(Spacecraft Bus)、地球指向アンテナ(Earth-pointing Antenna)、太陽電池(Solar Array)、姿勢安定フラップ(Momentum Flap)があります。

 左上には、科学機器モジュール(ISIM=Integrated Science Instrument Module)があります。ISIMには近赤外線カメラ(アリゾナ大学が開発)、近赤外線分光器(ESA、NASAなどが開発)、中間赤外線観測装置(ESAなどが開発)、微小誘導センサー/近赤外線撮像装置およびスリットレス分光器(カナダ宇宙庁が開発)の4つのセンサーが組み込まれています。

4つのセンサーで挑む宇宙の謎

 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、ISIMの4つのセンサーを使った観測を行い、次の2つの宇宙の謎を解き明かすことを期待されています。

ビッグバン後の最初の光が誕生するまでの宇宙初期の姿
 これは具体的には、星や銀河などの光を放つ天体が存在していない「暗黒時代」に遡って、初期宇宙の暗闇から最初の星や銀河がどのように形成されるのかということに迫ります。最も暗い初期の銀河と現在の大きな渦巻き銀河や楕円銀河を比較することで、銀河がどのように誕生してきたのかを調べます。

 宇宙の膨張にともなって銀河や銀河などの天体は互いに遠ざかり、その空間にある光も波長が長くなるため、宇宙初期の光は赤外線になって地球に届きます。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡には、この遠い天体からの赤外線を測定することが求められます。そのため、太陽からの光や電磁波はもちろん、さらには自身の本体から発せられる赤外線も観測に影響を及ぼすノイズとなるので、望遠鏡全体を50K(Kは絶対温度。0Kは零下273.16度)以下の極低温に冷却する必要があります。多層のサンシールドを取り付けてあるのはこのためなのです。

宇宙初期の姿を観測する。(画像/NASA and and Ann Feild [STScI])

星や惑星系の誕生、さらに生命の起源に迫る
 星が誕生しているところには塵が大量に存在しているため、可視光では観察することができません。そこで、誕生しつつある星によって温められた塵が放出する赤外線を感知することで、塵の中で何が起きているのかを調べます。また、太陽系外惑星の大気を調べて、生命の誕生に関わる物質がどのように形成されるのか生命の起源に迫ります。

ミッションを果たすためのミッション

 ここまで紹介したスペックを活用して与えられたミッションを果たすために、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡には、打ち上げ後に乗り越えなければならない難関がいくつもありました。

 最初の難関は、ラグランジュ点への移動でした。ラグランジュ点(L点)は太陽と地球の重力バランスがとれる地点で、L1点、L2点、L3点、L4点、L5点の5つあることが知られています。L4点、L5点は、太陽と地球の距離を1辺にした正三角形の頂点にあります。L3点は、太陽をはさんで地球の反対側に位置します。L1点とL2点は太陽と地球の質量によって決まり、L2点は地球から150万km離れています。

5つのラグランジュ点。(画像/NASA)

 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測地点は、L2点です。太陽とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の間にある地球が、太陽からの光や電磁波をさえぎってくれることから選ばれました。

L2点で観測にあたる状況が説明されているNASAの動画。

 L点に向けて軌道変更のための噴射が実施されたのは、打ち上げから60時間後の2021年12月27日夜(日本時間28日)でした。9分27秒間の噴射でしたが、燃料の残量の推計から10年間の稼働が可能であるという判断がくだされました。L2点を中心にして回る軌道を維持するためには、軌道変更を継続して実施することが必要です。ですから、残存燃料はジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の寿命を左右する要素のひとつです。ラグランジュ点への移動のために実施した最初の軌道変更は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の運命を左右する重要な噴射だったといえます。

サンシールドと主鏡の展開

 次の大きな難関は、サンシールドの展開でした。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の打ち上げに使われたロケットは「アリアン5」。そのフェアリングは直径6.5mと大型ですが、このサイズのスペースに入るように、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は折り畳んだ状態で打ち上げられるので、宇宙で広げていくという作業が必要になります。

 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、サンシールドを広げるとテニスコートほどの大きさ、最大で20mほどの長さになります。サンシールドは、髪の毛ほどの薄さのプラスチックを金属コーティングしたフィルムが5層重なった構造をしています。左右の2つのパーツに分けて望遠鏡本体に取り付けられ、宇宙で順番に広げる作業が必要とされました。

 サンシールドにより、日陰のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡に届く太陽エネルギーは200kW以上あったのが1Wにまで減り、観測装置を冷やすヘリウムを使った冷却装置を組み合わせることで、望遠鏡本体は極低温に保たれます。2022年1月上旬のサンシールド展開から4か月近く経過した4月下旬には、副鏡は29.4K(Kは絶対温度。0Kは零下273.16度)、主鏡の鏡はすべて55K以下となりました。温度は、さらに0.5〜2K下がるとみられています。

 そして、最後となる3つ目の難関が主鏡の展開でした。ロケットのフェアリングに納まるよう、18枚の分割鏡のうち、右側と左側の各3枚が羽のように折りたたまれていたため、主鏡を広げる作業を行わなければなりません。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が宇宙で展開していく様子を描いたもの。(画像/NASA, ESA, CSA, Joyce Kang (STScI))

 1月上旬のサンシールドの展開に続き、2022年1月中旬から主鏡の調整を開始。18枚の分割鏡を1枚の鏡として機能させるため、18枚の分割鏡から近赤外線カメラ(NIRCam)の検出器に入射する光が1つのものとなるようにする作業を実施しました。2月25日にほぼ終わり、4月末に観測機器の試運転を開始。このような苦難の果てにようやく、前回紹介したカラー画像公開の運びとなったのです。

 このようにして飛び立ったジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、すでに多くの研究成果を挙げています。次回の最終回は、最新状況も含めてお伝えする予定です。

川巻獏 著者の記事一覧

サイエンスライター。1960年、神奈川県出身。東京工業大学理学部卒。新聞社科学記者を経て、川巻獏のペンネームで執筆活動をしている。自然科学からテクノロジーまで幅広い分野をカバー。宇宙・天文学分野を中心に活動している。

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