熱帯魚の模様は原子の世界にもあった!?

アラン・チューリングが証明した模様

 熱帯魚などに見られる規則的なパターンのくり返し模様は、「チューリング・パターン」と呼ばれています。コンピューターの父といわれるイギリスの数学者アラン・チューリングが1952年、このパターンは特定の数式(反応拡散方程式
はんのうかくさんほうていしき
)で表されることを証明しました。チューリングは第2次世界大戦中にドイツ軍のエニグマ暗号を解読した数学の天才としても知られていますね。

 コーヒーにミルクを落として混ぜると、しだいにミルクはコーヒーに溶けて均一な状態になっていくように、物質は通常、拡散することで均一な状態に変化していきます。しかし、チューリングは、ある不安定な状態(例えば時間経過によって拡散と化学反応が同時に起こるような場合)では、規則的なパターンができることを数学的に証明したのです。

ナノスケールのビスマス原子にチューリング・パターンを発見!

 当初、チューリング・パターンは生物においてのみ発現するものと考えられていました。しかしその後、化学の分野でもチューリング・パターンが発見され、このたびナノスケール(ナノは10億分の1を表す)のビスマスの単原子膜で見つかりました。

 電気通信大学の伏屋雄紀
ふせやゆうき
准教授
と北海道大学の勝野弘康
かつのひろやす
研究員
、およびPSL研究大学のKamran Behnia教授、スタンフォード大学のAharon Kapitulnik教授の国際研究チームは、原子間に相互に働く3つの力を取り入れた新しい理論模型を構築することで、原子1個分の厚さのビスマス単原子に現れるナノスケールの模様がチューリング・パターンであることを明らかにしました。

 3つの力とは、ビスマス原子間に働く原子間力、基板となっているセレン原子とビスマス原子の間に働く力、それと共有結合に基づく相互作用です。これらの力を考慮して計算式を立てたところ、実験と類似したパターンが得られることが確認されました。解析計算の結果、このパターンはチューリング・パターンであることが証明されたのです。

ビスマス単原子膜でチューリング・パターンが時間の経過とともに形成されるようす。bの左が実際の実験によるもの。右が理論計算によってつくられたもの。極めて類似していることがわかる。(画像:電気通信大学プレスリリースより)

これまでになかった新しいデバイスの開発に応用

 これまで確認されていたチューリング・パターンは、ほとんどが10cm~0.1mm程度の大きさのものでした。ただチューリングの数式には、大きさの制限はなかったので、どれくらいのスケールまで適用できるのかは、わかっていませんでした。

 しかし今回の発見で、ナノメートルスケールまでチューリング・パターンが存在することが確認されたのです。生物・化学・原子と、スケールや分野を超えてチューリング・パターンが存在することがわかったことは、自然科学の大きな成果といえるでしょう。

 研究チームはさらに、ビスマス単原子膜の硬い表面に傷をつけても、生物の場合と同じように自ら傷を修復してしまうことも発見しました。チューリング・パターンは非平衡状態で波が干渉することでできている動的なものなので、傷は自己修復されるのです。

 この性質を利用すると、従来とは全く異なる手法(非線形反応拡散方程式)によって、完璧に平坦な超薄膜や量子デバイスなど、これまでになかったような新規デバイスを作成できる可能性があり、ナノエレクトロニクスに大きく貢献するのではないかと研究者は考えています。

【論文】
タイトル: Nanoscale Turing patterns in a bismuth monolayer
著者: Yuki Fuseya, Hiroyasu Katsuno, Kamran Behnia, and Aharon Kapitulnik
掲載誌: Nature Physics
公開日: 2021年7月9日
本誌リンク:新しいウィンドウが開きます https://www.nature.com/articles/s41567-021-01288-y
DOI: 1010.1038/s41567-021-01288-y

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サイエンスライター。1953年、富山県生まれ。成蹊大学文学部卒。出版社の編集者を経て、科学技術分野の執筆活動を行なっている。自然科学から工学まで幅広い分野が対象で、航空分野にはとくに造詣が深い。

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