スピノサウルスは泳ぎ上手? それとも、泳ぎ下手?

 近年、スピノサウルスSpinosaurus)にまつわる研究が盛んです。

 スピノサウルスは、背中に
をもつ全長15mの“肉食恐竜”です。「大型肉食恐竜」として知られるティラノサウルスTyrannosaurusでさえ全長13mですから、スピノサウルスはさらに大きい、ということになります。ただし、「肉食」とはいっても、主食は魚だったと考えられています。

 そんな大型の“魚食恐竜”をめぐり、今、恐竜研究者の間では、二つの仮説が“対決”しています。

 一つは、スピノサウルスの生活は「水中」が中心で、「泳ぎが“上手だった”」というもの。

 もう一つは、スピノサウルスの生活は「水辺」で、「泳ぎが“上手ではなかった”」というものです。

 どうして研究者の間で、意見が分かれているのでしょうか?

失われてしまった“最良の化石”

 そもそも、スピノサウルスの最初の化石は、1912年のエジプトで発見されました。発見者は、ドイツの古生物学者のエルンスト・シュトローマー博士です。

 シュトローマー博士は、その化石をドイツに持ち帰って研究し、背中に帆のようなつくりのある大型の恐竜類として、1915年に論文を発表しました。「スピノサウルス」という名前は、このときにつけられたものです。

 スピノサウルスは、恐竜類の中でも「獣脚類
じゅうきゃくるい
」というグループに分類されました。獣脚類は、ティラノサウルスをはじめとする、すべての肉食恐竜(魚食恐竜も)が分類されているグループです。

 シュトローマー博士が研究に使ったその化石は、その後、ドイツのミュンヘンにある博物館に保管されていました。

 しかし、第二次世界大戦中の1944年4月24日。ミュンヘンは、イギリス空軍による爆撃を受けました。このとき、スピノサウルスの化石は、保管していた博物館ごと粉々に壊されてしまいました。なお、スピノサウルスだけではなく、他にも多くの化石がこのときに失われています。

 スピノサウルスの化石は、戦後になってから、いくつも発見されています。しかし、シュトローマー博士が発見した化石ほど、この恐竜の特徴を残した化石はみつかっていません

他の大型肉食恐竜と同じ?

 2001年に公開された映画『ジュラシック・パークIII』や、2006年に公開された映画『ドラえもん のび太の恐竜2006』などでも、シュトローマー博士の論文をもとに復元されたスピノサウルスが描かれています。そして、2009年になって、世界で初めて全身復元骨格が、日本で組み立てられました。

 こうした復元には、新たに発見された化石や、シュトローマー博士の論文などが参考にされました。いずれも、後ろ脚が長く、二足歩行で歩き回るというものでした。つまり、ティラノサウルスなどの他の獣脚類と「基本的には変わらない」姿だったのです。

シュトローマー博士の1915年の骨格図を参考にしたスピノサウルスの生体復元。(イラスト/土屋 香)

異例の“短足”? そして……

 2014年になって、スピノサウルスの新たな復元が発表されました。

 シカゴ大学(アメリカ)のニザール・イブラヒム博士たちが、それまでに知られていたスピノサウルスの化石や、近縁種
きんえんしゅ
の化石などのデータをもとに、スピノサウルスの化石の未発見部位を予想して、コンピューター上で全身骨格を組み上げたのです。

 その結果、スピノサウルスは獣脚類としてはかなり珍しく、後脚が短かった可能性が指摘されました。しかも、その後脚には水かきがあったというのです。

 このとき、後ろ脚が短くなったことで、スピノサウルスは二足歩行では非常にバランスが悪くなることが指摘されました。このことから、イブラヒム博士たちは、スピノサウルスはすべての足をつけて歩く四足歩行だったのではないか、と予想しました。

 また、水かきをはじめとして、さまざまな特徴から、スピノサウルスは水中にからだの大部分を沈めて生活する、半陸半水の生活をおくっていたと考えられました。

 四足歩行も、半陸半水の生活も、他の獣脚類にはみられない特徴です。

水中ではバランスが悪い?

 イブラヒム博士たちの仮説が有力視されていた2018年、ロイヤル・ティレル博物館(カナダ)のドナルド・M・ヘンダーソン博士が、新たな研究成果を発表しました。

 ヘンダーソン博士は、コンピューターを使って、スピノサウルスにどのくらいの浮力があったのかを計算したのです。

 その結果、スピノサウルスは水中に潜るためには浮力がありすぎることが明らかになりました。また、そもそも、水に浮かんだときに、その姿勢を保ち続けることが難しいことも指摘されたのです。

 ヘンダーソン博士の研究は「スピノサウルスは泳ぎが苦手だった」ことを示していました。

尾の化石を発見

 2020年になって、イブラヒム博士たちがスピノサウルスの新たな化石を報告しました(ちなみに、イブラヒム博士の所属は、この間にシカゴ大学からデトロイト・マーシー大学に移っています)。

 それは、モロッコから発見された尾の化石です。

 この尾の形状が少し変わっていました。

 スピノサウルスに限らず、すべての脊椎動物
せきついどうぶつ
の尾は、「尾椎
びつい
」と呼ばれる骨が連なってできています。そして、恐竜などの尾椎には背側に伸びる細い突起
とっき
があります。イブラヒム博士たちが報告したスピノサウルスの尾椎は、この細い突起が長かったのです。そのため、尾全体に高さがあり、まるで細長い尾鰭
おひれ
のような形として復元されることになりました。

イブラヒム博士たちの2020年の骨格図を参考にしたスピノサウルスの生体復元。(イラスト/土屋 香)

 イブラヒム博士たちは、この尾を上手に使うことで、スピノサウルスは水中を自由に動くことができたのではないか、と発表したのです。

歯の化石も、水棲説の証拠?

 2020年には、もう一つ、スピノサウルスに関する研究が発表されています。

 それは、ポーツマス大学(イギリス)のトーマス・ビーバー博士たちによるもので、スピノサウルスの歯の化石に注目していました。ちなみに、これまでスピノサウルスの研究を進めてきたイブラヒム博士も、この研究チームのメンバーです。

 ビーバー博士たちが注目したのは、「歯化石のみつかった場所とその数」です。ビーバー博士たちは、スピノサウルスの歯化石を河川でできた地層からみつけました。

 ただし、「河川でできた地層」から化石がみつかることが、水棲
すいせい
の証拠であるとは限りません。陸棲の恐竜であっても、死体が河川に流されていた可能性があるからです。

 実際、同じ場所からは魚の化石の他に陸棲恐竜の歯化石も発見されています。

 しかし、博士たちが発見した場所では、他の恐竜の歯化石と比べて、スピノサウルスの歯化石が圧倒的に多かったのです。このことから、スピノサウルスの歯化石は、彼らが水中で過ごしている間に抜けたものではないかと指摘しました。  イブラヒム博士たちが提唱してきた「スピノサウルスの生活は、主に水中だった」という仮説について、「歯化石の多さ」という証拠が加わったことになります。

本当に水棲?

 2021年になって、クイーン・メリー・ロンドン大学(イギリス)のディヴィッド・W・E・ホーン博士と、メリーランド大学(アメリカ)のトーマス・R・ホルツ・Jr.博士が、新たな研究を発表しました。

 ホーン博士とホルツ博士が、スピノサウルスの化石を再分析し、本当に水中生活が可能だったのかを調べたのです。

 その結果、スピノサウルスは、あまり水中生活が得意ではなかったと(改めて)指摘されました。イブラヒム博士たちが2020年に報告した「尾」については、水中で「泳ぐことには役立ったかもしれないけれど、獲物を追いかける速度を出すことはできなかったのではないか」と指摘しました。

 スピノサウルスがサカナを獲物としていたことは、歯の形や、近縁種の化石の腹部から魚の
うろこ
の化石が発見されていることから、ほぼ確実とみられています。しかし、サカナを襲うことは、水に潜らなくても、水辺を歩き、口先を水中につければ可能であると、ホーン博士とホルツ博士は指摘しています。

 ホーン博士とホルツ博士は、イブラヒム博士たちが2020年に報告し、水中生活の根拠とした「尾の化石」については、水中を泳ぐためのものではなく、スピノサウルスの仲間たちへの何らかの“目印”だったのではないか、としています。

解決するためには……

 2014年以来、スピノサウルスに関しては、水中生活が主体だったという説と、水中生活が主体ではなく、水辺で暮らしていたという説が発表され、「どちらが正しい」とはいえない状態が続いています。

 結局のところ、“最も良い標本”である「シュトローマー博士がみつけた化石」が失われていること、そして、“新たな最良の標本”が発見されていないことが、議論の原因です。

 古生物学の議論の中心は、化石です。

 化石こそが、過去に滅んだ生物に迫る最大の手がかりです。

 議論の決着がつくためには、スピノサウルスの保存の良い化石(全身の大部分が残った化石)がたくさん発見されるのを待つことになるのかもしれません。

【参考資料】
・『恐竜・古生物ビフォーアフター』監修:群馬県立自然史博物館,著:土屋 健,絵:ツク之助,2019年刊行,イースト・プレス
・David W.E. Hone and Thomas R. Holtz, Jr., 2021, Evaluating the ecology of Spinosaurus: Shoreline generalist or aquatic pursuit specialist?, Palaeontologia Electronica, 24(1):a03. https://doi.org/10.26879/1110
・Donald M. Henderson, 2018, A buoyancy, balance and stability challenge to the hypothesis of a semi-aquatic Spinosaurus Stromer, 1915 (Dinosauria: Theropoda). PeerJ 6:e5409; DOI 10.7717/peerj.5409
・Nizar Ibrahim et al.,2014,Semiaquatic adaptations in a giant predatory dinosaur,Science,vol.345,p1613-1616
・Nizar Ibrahim et al.,2020,Tail-propelled aquatic locomotion in a theropod dinosaur, nature,vol.581,p67-70 ・Thomas Beevor et al., 2020, Taphonomic evidence supports an aquatic lifestyle for Spinosaurus, Cretaceous Research,  vol.117, 104627

土屋 健 著者の記事一覧

オフィス ジオパレオント代表。サイエンスライター。2003年、金沢大学大学院で修士(理学)を取得。科学雑誌『Newton』の編集記者、部長代理を経て独立。現在は、地質学や古生物学を中心に執筆活動を行なっている。著作多数。2019年にサイエンスライターとして史上初めて、日本古生物学会貢献賞を受賞。

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