東京大学大学院数理科学研究科 准教授・佐々田槙子さん -物事に共通する法則を見つけ、表現する「数学者」《好きをミライへつなげる講座》

数学者と聞くと、机の上で計算しながら何やら難しいことを考えているというイメージを持つ人も多いかもしれませんが、実際のところはどうなのでしょうか? 今回は、東京大学で「統計物理学」を研究する佐々田槙子さんに、数学者の仕事のおもしろさについて語っていただきます。また、佐々田さんは女子学生向けに数学の情報を提供するサイト「数理女子」も運営しています。数学が好きな女子たちに、佐々田さんが伝えたいメッセージとは?

佐々田槙子(ささだ・まきこ)
東京大学大学院数理科学研究科 数理解析学大講座 准教授。博士(数理科学)。東京大学数理科学研究科修了。専門は、確率論、統計物理。現在の研究テーマは、流体力学極限、格子気体モデル、振動子鎖、スペクトルギャップなど。2010年、日本数学会賞建部賢弘賞奨励賞。2011年、日本学術振興会育志賞・東京大学総長大賞受賞。2021年、第3回輝く女性研究者賞(ジュンアシダ賞)受賞。2022年、藤原洋数理科学賞奨励賞受賞。数学オリンピック財団の評議員としても名を連ねている。(写真/河野裕昭)

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数学者ってどんなことをしている?

―─数学の研究ってどんなことをするんですか?

 数学の研究について説明する前に、まずは「数学とはどんな学問なのか」をお話ししますね。数学について、計算のルールを覚えたり、公式に当てはめたりして答えを出す科目というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。なんとなくほかの科目から切り離された印象もあると思います。

 ところが、天文学から数学が生まれたように、数学は自然科学や社会科学から影響を受けているんですね。身の回りの物事から普遍的なものをつかみ取って、皆と議論していく。それが数学という学問なんです。

 数学の分野の1つに「確率」があります。サイコロを振って1の目が出る確率、天気予報の降水確率、人間が80歳まで生きる確率……など、さまざまなところで確率は使われています。その共通項は何なのかというと、ちょっと説明しにくいですよね? ここで「確率とは何か」ということを突き詰めて考え、「確率」のカテゴリーに入るものの共通項を探り、世界中の人と共通で使える「言葉」で表現する。これが数学者の仕事です。

―─現在、どのような研究に携わっているのか教えてください。

 私の今の研究分野は、ミクロとマクロをつなぐということです。たとえば、水が流れるとか、熱いものが冷めていくという「マクロ」の現象は、すべて原子や分子の動きという「ミクロ」で説明できるものです。ミクロの原子や分子の動きがどんなルールで動くのかを探り、それが集まったマクロの世界ではどのような動きになるのかを予想するのが、私の研究対象である「統計物理学」という学問です。

 私のような数学者は、「ミクロとマクロはどうやってつながる? つながるってどういうこと?」ということを突き詰めて、ほかの分野にも使える一般的な概念を抽出しています。

―─今のお仕事のやりがいを感じるのは、どんなときですか?

 たとえば、図形の問題を解いていて、補助線を引いたら解き方がわかるのを発見したときってワクワクしませんか? それをほかの人に見せて「あ、確かにこれならわかるね!」と共感してもらったり、「こういう引き方もありなんじゃないの?」と提案してもらったりするのも、とても楽しいです。

 研究でも、あるテーマの原理原則をあらわすような共通の言葉を発見したとき、とてもワクワクします。1つの言葉によって、何かモヤモヤしていた問題が解けることがあるんです。その言葉を研究者の仲間に伝えて、「おもしろい!」、「すごい!」と共感し合えたときが楽しいですね。そして研究で生まれた1つの言葉が、時代や国境、価値観を超えてみんなとつながり、お互い共感できるところが、この仕事の魅力です。

学生時代に夢中になった音楽や演劇でみがいた「ものの見方」

―─中高生のころから数学が好きでしたか?

 もちろん好きだったのですが、数学の専門書を熱心に読んでいた、というわけではありませんでした。それよりも、勉強以外のことに夢中になりました。マンドリンギター部に入部したり、バンド活動を行ったり。友人と劇団をつくったりしたこともありましたね。

―─学生時代の経験で、今役立っているのはどんなことですか?

 実は、数学は芸術と共通点が多いんです。それはどちらも「違う切り口で見たらどうなるんだろう」という発想が必要だということです。「違うと思っていたことが実は同じではないか」と気づくことや、「同じものを見ているのに人によって見方が違うのはなぜなのか」を考えてみることが、芸術と数学の共通点だと思っています。

 数学者の道を志すとしても、学生時代に数学以外の好きなものにも挑戦することは大切だと思います。

―─数学者になろうと思ったきっかけを教えてください。

 大学院に進学した当初は、研究者になろうとまでは決めていませんでした。ところが、修士1年生のときに、フランスの著名な数学者のマーク・ヨール先生が来日して、雑談する機会に恵まれたんですね。そのときに、先生から「本当に数学はおもしろいし、一生をかけてやるに値するから絶対に続けたほうがいい」と熱く語っていただいて、「かっこいいなあ。じゃあ、研究者を目指してみようかな」と思うようになりました。

―─数学者になるまでに大変だったことはありますか?

 数学者はなりたいと思っても、実際になれるとは限りません。なれるかどうかの分かれ目の一つは、夢中になれる研究テーマに出会えるかどうかです。私の場合は、指導教員の研究テーマにとても興味があり、その周辺の話題から自分が心から研究したいと思えるテーマを見つけることができ、これまでずっと研究を続けることができました。

 あまり1つのテーマだけに興味が偏ると、数学者になる道を狭めてしまうことがあります。興味の幅を広げながら、追及したい研究テーマを探したほうがいいと思いますね。

佐々田さんが教える大学の講義の板書(写真/Noriko Tanaka)
どのような図で説明するとわかりやすいかを考えるのも数学の先生のお仕事の1つ。(作図/Noriko Tanaka)

数学が好きな女子が、思い切り数学を楽しめるようになってほしい

―─「数理女子」のサイトを拝見しましたが、とても素敵なデザインで、数学が好きな女子学生に人気です。どんなきっかけでこのサイトを立ち上げることになったのですか?

 サイトを立ち上げようと思ったのは、数学科で女子学生がとても少なかったからです。博士課程を出て慶応大学の助教になったとき、同じ学科の坂内健一教授と「どうして数学を専攻する女子学生が少ないのか」という話になりました。私は「原因の一つに男女の情報格差があると思う」という話をしたんです。

 男子校では「数学部」の活動が盛んという話などを聞きますが、女子校ではあまり聞いたことがありません。部活では、数学者の講演を聞いたり、数学ファンが集まるイベントに参加したりして、情報を得る機会に恵まれます。(当時はSNSも今のように盛んでなく)こういう情報に接する機会が、相対的に女子の方が少ないと感じていました。

 また、女子が数学科に行きたいといったら、親や先生から「数学で食べていけるの?」といわれたり、「数学科よりも、薬学部や医学部に行った方が仕事に困らない」と進路指導されたという話も聞きます。最近はAIやデータサイエンスが注目され、数学や統計の学生は大人気の時代になっているんですけどね。

 そんな話をしたところ、坂内教授はすぐに女子学生向けの数学情報のリンク集をつくってくれたんです。いろいろな数学のイベントや解説サイトなどにアクセスできるページです。とりあえずシンプルに「数理女子」とタイトルをつけました。これがはじまりです。

―─そこから今のサイトまで発展させてきたんですね。

 2015年に東京大学に移りましたが、ここでも数学を専攻する女性を増やそうという動きがありました。そこでシンプルなリンク集だけだった数理女子のサイトのデザインをプロに頼み、私自身が見ていてワクワクできるようなデザインにリニューアルしたんです。 また、内容も充実させました。現在の数理女子は、「数学は身近だよ、楽しいよ」ということを伝えると同時に、数学科の卒業生の多様な職種での活躍や、数学を専攻している女性の実生活などを具体的に示して、親や高校の先生にも数学分野のイメージをアップデートしてもらうことを目指しています。

数理女子」のトップページ。「世界が数学であふれている」、「数学を生かす将来」、「数学は楽しい!」「リアルライフ」の4つのテーマに分けて、記事を更新している。

―─どんな反響がありましたか?

 女子中高生の理系進路選択支援事業として、JST(科学技術振興機構)などの支援で始まった「女子中高生夏の学校」というイベントがあります。ここに日本数学会がブースをつくって参加しているのですが、ブースに来てくれた中高生から「数理女子に出ている先生ですか?」と声をかけてもらうことがあると聞いています。また、数理女子を読んでいた高校生が大学院に入ってくれたことや、大学院生のときの読者が、数学者になって編集チームに加わってくれたこともあります。このサイトを通じて女性数学者のネットワークが増えたと感じています。

学生向けに、楽しく数学を学ぶワークショップも開催している。(写真/河野裕昭)

―─女性数学者として苦労したことはありますか?

 研究者は、さまざまな国の研究者とディスカッションすることで、新しいアイデアが生まれることが多いんです。ただ、結婚して子供が生まれてからは出張に行きにくくなりました。

 それでも、それでも、絶対に行きたいと思う出張には行こうと決めています。「出張に行きたいけど子供の世話をしないと……」ともやもやするよりは、そこは割り切って行って、帰ってから気持ちよく子供と遊ぶほうがいいと思ったからです。ただ、コロナ禍になってオンラインで海外の人と会うのが普通になり、海外での発表のチャンスも増えたので、そこは子育てしている研究者にとってはありがたいですね。

 育児しながら研究するもう1つのポイントは、いい共同研究者がいることです。自分の得意な分野を自分が担当し、任せられるところは共同研究者にお願いして分担するんです。数学者というのは孤独に机に向かって1人で考えているようなイメージがあるかもしれませんが、今の数学の研究ではチームワークがとても大切なんです。むしろ、1人で完結する研究テーマはほとんどないといっていいと思います。

―─最後に、研究者、数学者の仕事に興味がある中高生にアドバイスやメッセージをお願いします。

 好きなこと、興味のあることはジャンルにとらわれず、どんどんやってください。私も、劇団やバンドなど、数学と一見関係のないことが今の仕事に役立っています。ものの見方やとらえ方は、さまざまな経験をすることで豊かに幅広く育まれていきます。

 先ほどもいいましたが、研究者になるには、夢中になれる研究テーマに出会うことがとても大切です。数学だけ、あるいはさらにその中の一分野にしか興味がないと視野が狭くなりやすいですが、いろいろなことに興味を持ち、おもしろいと思えるものを増やしておくと、後からさまざまな形で自分の力になります。1つのことを極めたカリスマはもうすでに存在していて、それを乗り越えるのは大変です。これからは、2つ以上の強みを持つ人が活躍する時代だと思っています。

―貴重なお話ありがとうございました! 6月11日のトークイベントもよろしくお願いします!

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取材・文

今井明子 著者の記事一覧

1978年生まれ。首都圏在住。京都大学農学部卒。気象予報士。得意分野は科学系(おもに医療、地球科学、生物)をはじめ、育児、教育、働き方など。「Newton」「AERA」「東洋経済オンライン」「BUSINESS INSIDER JAPAN」「暦生活」などで執筆。著書に「こちら、横浜国大『そらの研究室』! 天気と気象の特別授業」(共著、三笠書房知的生き方文庫)、「異常気象と温暖化がわかる」(技術評論社)がある。気象予報士として、お天気教室や防災講座の講師、気象科学館の解説員なども務める。

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