
8月号から始まった新連載「ビーカーくんと探検! わくわく理科授業」の第1回は「天体VR」による理科授業を紹介しています。ここでは、誌面では紹介できなかった、「なぜ理科の授業にVRを使うのか」、「どのような効果があるのか」について、連載の監修者であり、天体VRの開発者である立命館大学の野原博人教授に紹介していただきます。
ぜひ保護者の方と一緒にお読みいただければと思います。

「天体VR」とは?
立命館大学産業社会学部の野原博人ゼミナールでは,「学習環境のデザイン」というテーマのもと研究に取り組んでいます。その一環として,VR技術を活用した理科教材を開発してきました。いくつか開発してきた中で、子供の科学8月号では「天体VR」について紹介しています。
「天体VR」では,「太陽,地球,月について学ぶ」モードと「金星について学ぶ」モードの選択ができます。「太陽,地球,月について学ぶ」モードは,月の満ち欠けに関わる地球の自転,公転などを仮想現実で観察することができます。下記の動画では,「太陽,地球,月について学ぶ」モードについて,野原ゼミナール所属の学生が説明しています。どちらのモードでも,宇宙視点と地球視点というモードがあり,ボタンを押すと視点変換をすることができます。また,時間設定をすることができるので,自分で日時を操作しながら,月や金星の満ち欠けについて観測することも可能です。

「天体VR」は,立命館大学 野原博人ゼミナールに所属する学生が,小学校,中学校の天文学に関する学習内容の理解を促進するために開発したVR教材です。このVR教材は学生の学習者視点による教材開発という取組みが特色といえます。参加学生が,小学生や中学生の発達の段階や天文学に関する学習内容を分析しながら,外部企業と連携して開発しました。
紹介した「天体VR」の商品化は検討中(2025年7月10日現在)ですが,「天体VR」を使ってみたい!という学校や関係機関の方がいましたら,「子供の科学」編集部までお問い合わせください。
VR教材を活用した理科授業は有効?
近年,学校現場等の学習環境は大きく変化してきました。特に,ICTを活用した学習環境は,「GIGAスクール構想」の推進によって,多様な学習形態を可能にしました。VRとは「Virtual Reality」の略語で,「仮想現実」と言います。つまり,「仮想現実」とは,コンピューターによって創り出された仮想的な空間などを現実であるかのように疑似体験できる仕組みのことです。
VRはさまざまな領域で実用化されています。例えば,企業では危険な作業や事故のリスクを想定した研修でVRを用いることで,仮想空間で実際の現場を想定した研修や訓練などが行われています。また,読者の方でも,VRの家庭用ゲーム機で遊んだ経験があるかもしれません。
教育分野においても,VR技術を活用した例は多く,様々な教科,領域でVR教材が用いられていますが,立命館大学野原ゼミナールでは理科を対象としたVR教材の開発に着手しました。
理科を学ぶ上で重要なのは「科学的に解決する」ことです。科学が,それ以外の文化と区別される基本的な条件として,実証性,再現性,客観性などが挙げられます。
| 実証性 | 考えられた仮説が観察,実験などによって検討することができるという条件。 |
| 再現性 | 仮説を観察,実験などを通して実証するとき,人や時間や場所を変えて複数回行っても同一の実験条件下では,同一の結果が得られるという条件。 |
| 客観性 | 実証性や再現性という条件を満足することより,多くの人々によって承認され,公認されるという条件。 |
「科学的」とは上の表の条件を検討する手続きを重視する、という側面から捉えることができます。理科の学習では,問題解決や探究の過程を科学的に解決していくことで,自然の事物・現象についての考えを少しずつ科学的なものに変容させることが重要なのです。こうした「科学的」な条件を整える上で,「仮想現実」による疑似体験を実現するVR技術を活用した理科教材は,理科を構成する学問領域によっては,とても効果を発揮することがあります。
課題とされてきた天文分野の理科学習
「理科」とは,「学校教育で自然界の事物および現象を学ぶ教科」を意味しています。その対象は「自然科学」であり,物理学,化学,生物学,地学などの学問領域を,小学校から中学校,高等学校で学ぶ内容として系統的に配置されています。それぞれの学問領域の特徴については,また別の機会にお伝えしていきますが,ここではVR教材との関連から,「天文学」を対象とした学校での理科の学びに焦点を当てていきます。
天文学に関する理科の学習では,小学校第4学年で月や星は時刻の経過に伴って位置を変えること,小学校第6学年では月の位置や見える形と太陽の位置の関係について学びます。中学校第3学年で天体の動きと地球の自転・公転と関連して、日周運動や年周運動について学びます。
天文学に関わる学習では,小学校と中学校では,観察者の視点(位置)が異なります。小学校理科では主に地球上から見た観察の視点であり,中学校理科では地球の外に観察の視点を移動することが求められます。つまり,小学校理科では「天動説」,中学校理科では「地動説」といった立場で学習をしていることになるのです。
「子供の科学」2025年8月号の「わくわく理科授業」82ページに掲載されているような観察図(2次元)から,実際の現象を観察すること(3次元)へ変換するには,空間認識能力という、実物とイメージの間を行ったり来たりしながら視点を移動する能力が必要です。こうした空間認識能力の効果的な指導・支援というのは、天文学を対象とした理科学習,例えば「月の満ち欠け」の学習をする上での課題とされてきました。

また,天文学を対象とした理科の学習では「科学的」に解決していくための「観察」が課題となっています。月や星の観察は学校の授業時間では実施できないことが多いのが原因です。
学校によっては夕方から夜にかけて「月や星の観察会」などの野外観察を実施したり,科学館などの「プラネタリウム」で校外学習をしたりすることなどがあるでしょう。どれも天文学を対象とした理科の学習を進める上で重要な学習活動ですが,時間や費用面などを考えると敬遠されてしまうこともあるかと思います。
天文学を対象とした理科の学習では,実際の月や星を観察する機会(時間)が課題であり,上記の表で示した「科学的」の条件が整うことが難しい学習内容であると言えます。
課題解決のために開発された「天体VR」
天文学を対象とした理科の学習の課題である,「空間認識能力」や「科学的な条件」を解決するために開発されたのが「天体VR」です。このVR教材はゼミナールに所属する大学生が,小学生や中学生の発達の段階や天文学に関する学習内容を分析しながら,外部企業との連携を通して,開発しました。大学生による学習者視点を大切にした教材開発という取組みが特色といえます。
大学生による開発の様子は下記の立命館大学Webページで参照できますので,ぜひご覧ください。
https://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=2557
https://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=2932
開発した「天体VR」は,本誌(「子供の科学」8月号)で掲載されたように,かえつ有明中学校・高等学校の理科の授業実践で活用されました。「天体VR」を活用した授業を実際に体験した生徒にアンケート調査を行ったところ,太陽・月・地球の位置関係に関する理解への肯定的な回答は95%と高く,視点変換の操作性が空間認識能力を支援した結果だと言えます。また,「天体VR」を活用した授業が楽しいと回答した生徒は98%と高く,学習への動機付けの促進にもつながっていたと言えます。

新たな技術の活用で展開する理科授業
理科教育では,VRだけでなく,AR(Augmented Reality)やMR(Mixed Reality)の技術を活用した教材の開発が進んでいます。理科の学習は,自然の事物・現象に実際に触れることが最大の目的であることは言うまでもありませんが,VRなどの現代の科学技術の活用は,理科の楽しさ,面白さを引き出す可能性を十分に秘めています。理科教材の開発に新たな技術が活用されていくことで,理科が楽しい!面白い!と感じることのできる理科授業がさまざまな学校で行われていくことを期待しています。