【2023年ノーベル生理学・医学賞/速報解説】新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの開発を可能にした

2023年生理学・医学賞 カタリン・カリコ博士 ドリュー・ワイスマン博士(ともに、アメリカ/ペンシルベニア大学

mRNAをワクチンに利用する道を切り開いた

 2019年に出現した新型コロナウイルスはあっという間に世界中で流行して、私たちの生活に大きな影響を与えました。新たに出現したウイルスを抑え込むには、多くの人がウイルスに対する免疫を獲得する必要があり、そのためにはワクチンが欠かせません。

 これまでは活動を弱めたりした病原体や、病原体が持つタンパク質をワクチンとして利用してきましたが、そういった方法では有効なワクチンを開発するのに数年はかかってしまいます。ところが、新型コロナウイルスに対するワクチン開発では、「mRNAワクチン」と呼ばれる新しいタイプが活用されたことで、ウイルスの出現から1年ほどで有効なワクチンが開発されました。

 そこでmRNAワクチンを開発できるようにした、アメリカのペンシルベニア大学のカタリン・カリコ博士とドリュー・ワイスマン博士に2023年のノーベル生理学医学賞が贈られると発表されました。

 “生命の設計図”と呼ばれるDNAが働くには、DNAに記された遺伝情報をメッセンジャーRNA(mRNA)に移した上で、その遺伝情報に基づいてタンパク質が合成されることが必要です。そのため病原体の遺伝情報を持ったmRNAをつくることができれば、病原体に対する免疫の獲得を促すワクチンとして利用できるはずです。

 しかし、外から注入するmRNAは異物であるため、免疫によって速やかに排除されます。これではmRNAをワクチンとして利用することはできません。この問題を解決するため、カリコ博士、ワイスマン博士はRNAの遺伝情報を示す4種類の塩基を改変して免疫反応を調べる地道な実験を繰り返しました。その結果、RNAの塩基の1つ、ウラシルをよく似たシュードウリジンと変えると、免疫反応が抑えられることを突き止めました。

mRNAの塩基の一種ウラシルのままでは免疫に排除されてしまうが、ウラシルを含むウリジンをシュードウリジンに変更すると免疫に排除されなくなる。(ノーベル財団のプレスリリースの図を一部改変)

 ただし、mRNAは非常に壊れやすい物質であるため、免疫に排除されなくても、簡単に壊れて、ワクチンとして働けなくなります。そのため脂質の膜でできた粒子に包んで保護する方法が取り入れられました。これでmRNAをワクチンにするための基盤技術が揃ったことになります。

 これらの研究成果は、新型コロナウイルスの対策を進める上で大きな力となりました。このウイルスが細胞に侵入する際に働くスパイクタンパク質の遺伝情報を組み込んで、速やかに新型コロナウイルスのワクチンが開発されました。世界中でワクチン接種が行われたことは、これを読んでいるみなさんも覚えていることでしょう。

mRNAを脂質膜で包んだワクチンが接種されると、mRNAが細胞に侵入して、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が合成される。このタンパク質が細胞表面にあらわれることで、免疫を担当するB細胞が認識して、新型コロナウイルスに対する免疫が獲得される。(ノーベル財団のプレスリリースの図を一部改変)

 mRNAワクチンは遺伝情報を変えることで、他の病原体のワクチンにすることができます。さらにがん細胞だけが持つタンパク質の遺伝情報を組み込めば、免疫によってがん細胞を叩くことができるので、mRNAワクチンはがんの治療にも役立てられると期待されています。感染症の予防に留まらず、がんの治療にも生かせることも高く評価され、カリコ博士、ワイスマン博士に生理学・医学賞が贈られることになりました。


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斉藤勝司 著者の記事一覧

サイエンスライター。1968年、大阪府生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業後、ライターとなり、最新の研究成果を取材し、科学雑誌を中心に記事を発表している。著書に『がん治療の正しい知識』、『寄生虫の奇妙な世界』、『イヌとネコの体の不思議』、『群れるいきもの』などがある。

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