【新型コロナウイルス研究Part③】下水を利用して感染実態を解き明かせ!

 新型コロナウイルス研究の最前線を解説するシリーズ。Part③は下水を調べることで、感染の実態
じったい
を解き明かそうとする研究です。

国立感染症研究所で分離に成功した新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(画像提供/国立感染症研究所)

PCR検査や抗体検査では感染実態の把握は難しい

 2019年12月に中国の武漢
ぶかん
で発生したとされる新型コロナウイルスは、2020年3月頃から世界中に感染が拡大。この原稿を書いている時点(2020年8月上旬)で、全世界で確認されている感染者数は2000万人を超え、収束する気配はまったくありません。今後、より一層、感染の拡大を防ぐ努力をしていく必要がありますが、そのためには地域ごとで、どの程度、感染が広がっているかを正確に把握していかなければならないでしょう。

 当然、積極的に検査を行っていくことが求められるのですが、新型コロナウイルスの検査法として紹介されることの多いPCR検査は、検査時点で感染しているかどうかを調べられても、感染の実態を把握
はあく
するのに適した検査法ではありません。というのも、新型コロナウイルスに感染しても、半数ほどは症状があらわれないため、感染しているとは思わずに検査を受けない人が相当数いると考えられ、PCR検査では感染実態を把握することは難しいのです。

 また、新型コロナウイルスに対する抗体
こうたい
を持っているかどうかを調べる抗体検査も行われていますが、過去に感染した人がどの程度いるかを把握するのに使えても、現在進行形の感染の実態を把握するのには使えません。このようにPCR検査や抗体検査は新型コロナウイルスの対策を進める上で欠かせない検査技術ですが、感染実態の把握には適していません。

 そこで北海道大学と山梨大学の研究グループは、感染実態を明らかにするのに、新型コロナウイルスが消化管
しょうかかん
の細胞にも感染することに注目しました。消化管の細胞に感染して増殖
ぞうしょく
できるなら、大便と一緒に排泄
はいせつ
されて下水処理場に運ばれる可能性があります。実際、オーストラリア、イタリア、スペイン、オランダの下水から新型コロナウイルスの遺伝物質であるリボ核酸
かくさん
(RNA)が検出されたと報告されています。症状の有無に関わりなく、誰しもトイレに行きますから、下水から新型コロナウイルスを検出できれば、感染実態の把握に役立てられるでしょう。

下水を利用した感染実態の把握のイメージ。

感染者数が増えた時期にウイルスのRNAが検出された

 こうした考えの下、研究グループは2020年3月17日から5月7日にかけて採取した下水を用いて、新型コロナウイルスのRNAの検出を試みました。サンプルとなる下水は山梨県内の処理場で採取されたのですが、浄化
じょうか
を目的に塩素処理されると下水中のウイルスは破壊
はかい
されるため、塩素処理される前に下水を採取。さらに比較対象として、山梨県内を流れる川から採取した水の分析が行われました。

 複数種のウイルス濃縮法
のうしゅくほう
とPCR検査を用いて下水と川の水を分析した結果、4月14日に採取した下水から新型コロナウイルスのRNAを検出することに成功しました。調査を開始した3月17日時点では、山梨県内の感染者は2人しかいませんでしたが、その後、感染者は増え続け、RNAが検出された4月14日時点で累計
るいけい
の感染者数は36人(人口10万人あたり4.4人)に達し、山梨県内の流行がピークを迎えている時期でした。その一方で同時に分析を行った川の水からは、ウイルス由来のRNAを検出できませんでした。

山梨県内の感染者数が多かった4月14日時点の調査のみ、下水から新型コロナウイルスのRNAが検出された。(出典/山梨大学ホームページプレスリリースより)

 また、山梨県での研究に参加した北海道大学の研究グループは、アメリカのテュレーン大学と共同で、日本よりも新型コロナウイルスの感染が拡大しているアメリカでも下水の調査を行いました。アメリカの中でも感染者が多いとされるルイジアナ州の2か所の下水処理場で下水を採取して、日本と同じように複数種のウイルス濃縮法とPCR検査を用いて新型コロナウイルスRNAの検出を試みた結果、4月上旬と下旬に採取された2つのサンプルからRNAを検出することができました。

アメリカルイジアナ州の2か所の下水処理場で調査した結果、感染者数が増加した時期に新型コロナウイルスのRNAが検出された。(出典/北海道大学ホームページプレスリリースより)

 このように日本とアメリカで下水から新型コロナウイルスのRNAが検出できたのですから、感染実態を把握するのに下水を役立てることができると期待されます。下水の分析なら、被験者
ひけんしゃ
を集めて検査する必要はありませんから、定期的に調べて下水が集められる地域の感染実態を調べることができるでしょう。今後、検出精度
けんしゅつせいど
を高めていけば、下水に含まれるRNAの量から、どの程度、感染が拡大しているかまで調べられる可能性もあり、新型コロナウイルスの感染実態を把握する助けになると期待されています。

【参考文献】

https://www.hokudai.ac.jp/news/2020/05/-covid-19.html

https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2020/06/20200626pr.pdf

https://www.hokudai.ac.jp/news/2020/07/covid-19-2.html

https://www.hokudai.ac.jp/news/2020/07/rnacovid-19.html

https://www.scripps.edu/news-and-events/press-room/2020/20200609-oran-asymptomatic-infection.html

取材・文

斉藤勝司 著者の記事一覧

サイエンスライター。1968年、大阪府生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業後、ライターとなり、最新の研究成果を取材し、科学雑誌を中心に記事を発表している。著書に『がん治療の正しい知識』、『寄生虫の奇妙な世界』、『イヌとネコの体の不思議』、『群れるいきもの』などがある。

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