ふしぎな錯覚を体験しよう③ なんで動くの!? オオウチ錯視

 『子供の科学』誌で「錯覚道
さっかくどう
」を好評連載中の錯覚道師範・杉原厚吉
すぎはらこうきち
先生
に、さらに詳しくふしぎな錯覚のひみつを紹介してもらおう。今回紹介するのは、デザイナーの大内元
おおうちはじめ
がデザイン書の中で紹介した図形がもとになったという「オオウチ錯視」だ。

分離して動いて見える!

 白と黒の長方形を市松模様のように並べた図形と、それを90度回転した図形を、図の領域と地の領域に配置すると、紙面を動かしたとき、図と地が分離して動いているように見える(下図)。

Webサイトで見る場合、画面を上下にスクロールしてみるとよい。

 ただし、大内元の著書に載っている図形は、中央から周辺へ向かって短冊
たんざく
が徐々に小さくなっていくなどのデザイン上の工夫が施されている。オオウチ錯視と呼ばれる図形は、それを単純化したものである。

 オオウチ錯視の図と地の短冊の向きは互いに直交するように配置するのが最も効果的だと思うが、下のように45度異なる向きに配置しても、動いて見える効果はそれほど衰えない。

 オオウチ錯視は、ある程度ふっくらした図形なら円でなくても起こる。また、白と黒でなくて、色がついていても構わない。下の図は生き物の形を表したオオウチ錯視図形である。

動くミツバチ。

オオウチ錯視はなぜ動くのか

 オオウチ錯視が動いて見えるしくみを説明する代表的な説の一つは、Fermüller, Pless and Aloimonos(2000)による次のものである。

 紙面をランダムに動かしたとき、網膜のそれぞれの局所的部分を受けもつニューロンは、図形のエッジの法線方向の動きを検出する。これがある程度の広がりをもつ領域で平均化された方向の動きを脳が知覚する。その結果、短冊の長い辺の法線方向の動きが優位となって知覚され、図と背景が「分離して動く」ように見える。

 この説を素朴に受け入れると、長方形の短い辺は長い辺とは直交する方向の法線をもつから、錯覚を打ち消すように作用すると考えられる。だから、短い辺のない縞模様のほうが、より錯視が強まるだろうと予想される。

 そこで長方形の市松を平行線による縞模様に置き換えたのが、下の図である。

縞模様による図と地の分離。

 しかし、オオウチ錯視ほど錯視量は大きくない。これについては、一般に局所領域を受けもつニューロンには側抑制
そくよくせい
の作用があり、エッジが長過ぎると、自分自身を抑制してしまうために応答が少なくなるのだろうと考えられる。

 というわけで、素朴な理解でより錯視量の大きな図形がつくれるはずだと思い付いても、なかなか成功はしない。錯視は奥の深い研究対象である。

より錯視量が多い図形の探究

 もう一方で、目がランダムに動いたときには、オオウチ錯視のように二つの方向の法線だけをもった図形より、いろいろな方向の法線をもった図形のほうが、脳が反応しやすくなるのではないかという推測もできる。ただし、図形と背景が別の動きをするためには、図形の中の模様に現れる法線方向と、背景の模様に現れる法線方向とは、互いに直交に近い関係にあるという性質は保たなければならない。

波模様による図と地の分離。

 そう考えると、上のように、ある範囲で波打つ模様を図と背景に互いに直交する向きで置いてみたり、下の図のように列ごとの主要な線の向きが直交する図形を並べてみたりという試みもしたくなるであろう。

UFOのラインダンス。

 これらは、私には結構動いて見える。試みが成功したといえる。

オオウチ錯視をつくるポイント

 この錯視で用いる短冊は、辺の長さの比が4:1から5:1の範囲ぐらいが錯視量が最も大きくなるといわれている。このような短冊を白黒の市松模様に並べたもの、およびそれを90 度回転したものを用意する。

 図形領域を定め、その内部を一方の図形で埋め、そのまわりをもう一方の図形で埋めればよい。そのためには、イラストレーターなどの図形描画ソフトがもっている「模様のうち図形の内部だけを切り取る機能」を利用するのが便利である。

古今東西の錯視を集めた図鑑も!

 今回の記事の内容は、書籍『新 錯視図鑑』をもとに構成している。杉原先生が「面白い!」と思う錯視を集め、錯視が起きるしくみから、それが身のまわりにどのように現れているか、同じような錯視図形を自分でもつくろうとしたらどんなことに注意したらよいかまで紹介した1冊だ。世界錯覚コンテストで優勝した杉原先生自身がつくった錯視も登場する。

 ぜひこの本で、脳がだまされるふしぎを体感しよう!

 コカネットプレミアム会員になると、『新 錯視図鑑』の電子書籍を読むことができます! 以下のボタンからまずは試し読みしてみてください。

新 錯視図鑑

脳がだまされる奇妙な世界を楽しむ・解き明かす・つくりだす

錯視研究の第一人者・明治大学の杉原厚吉教授が、古今東西のおもしろい錯覚を選び、解説を加えて図鑑としてまとめました。大きさが違って見えるもの、形がへんに見えるもの、明るさが変わるもの、止まっているはずが動いて見えるものなど、脳がだまされる不思議を体感できる作品を広く集めわかりやすく解説。日常生活と錯視との関係、錯視効果を強くする実験、しくみを解き明かす研究、解明したしくみを応用して錯視作品を創出するプロセスなど、著者ならではの解説で、世界中の錯覚作品をより深く楽しむことができます。

この本について詳しく見る

杉原厚吉 著者の記事一覧

1971 年、東京大学工学部計数工学科卒業、1973 年同大学院修士課程修了。東京大学工学部助手、電子技術総合研究所主任研究官、名古屋大学助教授、東京大学教授などを経て、現在、明治大学研究・知財戦略機構研究特別教授。工学博士。東京大学名誉教授。専門は数理工学、コンピュータビジョン、コンピュータグラフィックス。

最新号好評発売中!

子供の科学 2025年 1月号

CTR IMG