株式会社バイオーム・藤木庄五郎さん -生物多様性を守るためのアプリを開発《好きをミライへつなげる講座》

大学院生の頃、研究のために出かけたボルネオで大規模な森林伐採を目の当たりにした藤木庄五郎さんは、大学院修了直後にベンチャー企業、株式会社バイオームを設立。利用者が生き物の画像を投稿することで、生物の生息状況を調べられるアプリ「バイオーム」を開発し、その普及に取り組んでいます。そんな藤木さんが自然に関心を寄せるようになった経緯、今の仕事のやりがい、そしてこれからの目標まで語ってもらいました。
「生き物が好き」、「自然環境を守りたい」という思いから、誰もやったことがない仕事へとつなげていく、新時代のお仕事像が見えてきます!

藤木庄五郎
株式会社バイオーム代表取締役。1988年7月生まれ、大阪府出身。京都大学在学中、熱帯ボルネオ島にて2年以上キャンプ生活をしながら、衛星画像解析を用いた生物多様性可視化技術を開発。2017年3月京都大学大学院博士号(農学)取得。2017年5月バイオームを設立、代表取締役就任。

子供の科学2022年4月号特集もあわせて読もう!

子供の科学2022年4月号特集「AI×ゲームで生物多様性を守れ!! いきものクエスト」では、藤木さんが開発したアプリ「バイオーム」の使い方や、生物多様性を評価するしくみを詳しく紹介しています! プレミアム会員は「デジタル図書館」で電子版を閲覧できます。

自然の異変を感じて生態学を志し、工学的な研究開発へ

──京都大学発のベンチャー企業、株式会社バイオームの社長として、現在、藤木さんはアプリ「バイオーム」の普及に取り組んでいらっしゃいますが、どのようなきっかけで自然に関心を寄せるようになったのですか?

 小学生の頃に、釣りが好きだったことがきっかけになっています。出身は大阪府で、普通の住宅街に住んでいたのですが、少し出かけると釣りができる池や川があって、よく釣りをしに行っていたんです。はじめた頃はフナやコイなどの日本に昔からいる魚が釣れていたのですが、いつの間にかブルーギルばかりが釣れるようになって、小学生ながらに何かおかしなことが起きているのではないか……と感じるようになりました。

 これが、その後大学で生態学を学ぶ原点となりました。もう一つ、自分の人生に影響した出来事として、子供の頃に鳥取大学の遠山柾雄
とおやままさお
博士の『世界の砂漠を緑に』という本を読んだことが挙げられます。遠山博士は、砂漠の緑化技術の研究に取り組まれた方です。この本を読んで、人間活動で自然が壊されるだけでなく、自然を回復させることもできることを知り、環境問題の解決に貢献できる仕事をしたいと考えるようになりました。

いきものコレクションアプリ「バイオーム」は、スマートフォンで撮影した動植物画像を投稿し、ポイントを獲得するゲームが楽しめる。ここで集められた生き物の情報は、生物多様性を保全する研究や活動に活かされる。株式会社バイオームのサイトはこちら

──それで生態学を勉強しようと京都大学に進学されたんですね。

 砂漠緑化の研究はしていませんでしたが、生態学の研究が盛んに行われていた京都大学に進学しました。学部生の頃に所属した学科は工学中心で、私は自然環境を守る工学的なアプローチを学ぶつもりでいたのですが、実際にはダムを建設する技術などの勉強が多く、自分が考えていたものとだいぶ違ったんです。自然を守るというよりは土木を中心に学ぶことになって、この学科では自分が希望している研究は難しいと感じ、大学院では別の学科の研究室に進みました。

 そこでは「リモート・センシング」といって、人工衛星の観測データを用いて生物多様性を推定する技術の研究開発に取り組みました。生態学の研究というと、純粋に自然の真理を解き明かそうとするような研究をイメージされるかもしれませんが、僕の場合、開発した技術を社会に役立てる工学的な研究のほうが合っていました。生き物が大好きで飛び込んだ世界ですが、生き物の行動や分類を調べることだけにのめり込んで学んでいたら、アプリを開発して起業するという行動にはつながらなかったと思います。

大学院生のときは、インドネシアのボルネオで2年間、生態調査を行った。写真は藤木さんと現地の協力者たち。ボルネオの調査は、ジャングルの過酷な環境の中で、さまざまな工夫を凝らして、キャンプ生活をしながら行われた。詳しくは子供の科学2022年4月号を読もう。

自身の研究を基盤にした起業は、理系の選択肢の一つ

──大学院での研究のために訪れたボルネオで大規模な森林伐採を目の当たりにして、生物多様性を評価するしくみが必要と感じて株式会社バイオームを起業されました。現在の仕事でどのようなやりがいを感じることがありますか?

 日々の仕事の中で感じるやりがいは、大きく二つに分けられますね。一つ目のやりがいは、アプリ「バイオーム」の利用者から寄せられる声です。

 アプリを使った感想を手紙で知らせてくれる人もいて、「アプリを使うようになって環境問題を意識するようになりました」なんてことが書いてあると本当にうれしくなります。私たちが開発したアプリが人々の目を自然に向かわせるきっかけになっていて、その普及にやりがいを感じています。

──二つ目のやりがいは何ですか?

 アプリ利用者が投稿してくれた生き物の画像により、多くの新しい発見が得られています。地球温暖化の影響で生物の分布が変わってきた、これまで見つかったいなかった外来生物が確認された……といった発見があって、協力してくれている大学の先生方とともに論文も発表できていることにやりがいを感じています。

2022年2月時点で、種数は3万1930種、個体数は221万2998個体の投稿が寄せられている。子供の科学の特集では、裏側が銀白色の特徴的な翅を持つことで知られるウラギンシジミの生息域の変化が、アプリによって確かめられた例なども紹介。

──現在はベンチャー企業の経営者ですが、同時に研究する楽しさ、喜びも感じていらっしゃるんですね。

 これから理系の研究に取り組んでみたいと考えているみなさんは、自分が研究したことを基盤にして起業してみることも、進路の選択肢の一つとしておもしろいと思います。

 これまで大学などの研究機関を辞めて起業すると、その後は研究には関われなくなる、研究者としてのキャリアを閉ざすことになると言われてきました。でも、私はそんな風には感じていないんですよ。

 私はとにかく今は、ベンチャー企業の経営者として頑張ることが何より大事だと思っていますが、共著者として論文を発表することもできていますから、やりたいと思えば大学などの研究機関に戻って、改めて研究職に就くこともできるのではないかと思います。それに、起業したという経験は、今は他の企業からも高く評価されるようになっています。改めてやりたいことを実現するために、別の企業に移ることもできる時代だと思います。

数学が苦手だからといって理系への進学をあきらめないでほしい

──これから先、藤木さんはどのような活動に取り組んでみたいと考えていますか?

 現在、地球温暖化に関しては各企業が自社の活動による影響を調べて、社会に公表することが求められるようになっています。同じように、今後、自然環境や、そこに暮らす生物への影響についても、企業活動がどのような影響を与えたのかを調べて、公表することが求められるようになると考えられています。

 ところが、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量で推定できる地球温暖化への影響と異なり、自然環境や生物への影響を把握することはとても難しいんですね。今後僕がやっていきたいのは、人間の経済活動が自然環境や生物にどのような影響を及ぼしているのかを推定して、わかりやすく見えるようにする技術を開発していくことです。

 例えば、インターネットで検索するならGoogleがなくてはならないのと同じように、自然環境を守りつつ経済活動をするにはバイオームの技術がないとはじまらない、というぐらいになったら最高ですね。

──最後に、この記事を読んでいる中学生、高校生にアドバイス、メッセージをお願いします。

 私は生態学を志したぐらいなので、理系教科の中では生物が大好きでした。生物ばかり勉強していて、理科の成績も良かったんですが、じつは理系に進むのに必要不可欠な数学がとにかく苦手でした……。

 このままでは大学で生態学を学ぶことは難しくなると悩んだ末に、私が取り組んだのは、数学の類題をすべて暗記することでした。それまで私は、数学は「ひらめき」の教科だと思っていて、問題の解き方がひらめかないと解けないと考えていました。でも、問題の解き方を自力で思いつけなくても、すべての類題を覚えれば何とかなるはずだという発想で、ひたすら問題のパターンを覚えていったんです。そうしたら成績がぐんぐん上がって、最終的に数学の点数の良さで大学に合格できました!

 仲間からは「藤木は数学が得意だからいいね」と言われるぐらいになりました。根気と努力頼みで、効率の良い勉強法ではなかったかもしれませんが、苦手だと思い込んでいたものが、人から得意だねと言われるまでになった経験は、とても大きなものでした。数学に限らず苦手なものがあっても、自分なりの勉強法で努力すれば乗り切れると思います。自分がやりたいことを、苦手な教科を理由にあきらめないでほしいですね。

──貴重なお話をありがとうございました! 5月3日のトークイベントもよろしくお願いします。

《見逃し動画配信》「好きをミライへつなげる講座」藤木庄五郎さんトークイベント

 「何十億年かけてつくり上げてきた、生態系という生き物が織りなす究極のバランス、システムの美しさが大好き」と語り始めた藤木さん。トークライブではまず、「生物多様性」とはどういうことか、という解説からスタート。生き物が大好きだった子供時代、ボルネオで過酷な生態系の調査を行った大学時代、そして起業して生物多様性を守るためのアプリ「バイオーム」を立ち上げるまでのお話をしていただきました。

斉藤勝司 著者の記事一覧

サイエンスライター。1968年、大阪府生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業後、ライターとなり、最新の研究成果を取材し、科学雑誌を中心に記事を発表している。著書に『がん治療の正しい知識』、『寄生虫の奇妙な世界』、『イヌとネコの体の不思議』、『群れるいきもの』などがある。

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