●新連載スタート! 《コカデミア カガクノ英語》 第1回 migrationから考える「渡り」

英語の科学トピックを読み解きながら、科学と英語の知識を学ぶ一挙両得の新コーナーへようこそ。背景知識とともに英単語を知ることで、言葉の深みを味わおう!

今回のトピック

「鳥の渡りのワザは父から子へと伝えられていた!?」

 今回、紹介するのは、『子供の科学』6月号の「コカトピ!」でも掲載した「鳥の渡り」についてのニュースです。参考にした論文は、「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」という学術雑誌に発表された”Paternal transmission of migration knowledge in a long-distance bird migrant”です。直訳すると「長距離を移動する渡り鳥における、渡りの知識の父親からの伝達」というタイトルです。

 まずは、論文の概要をまとめてみます。

 ヘルシンキ大学(フィンランド)などの研究グループは、渡り鳥のオニアジサシでは、若鳥の渡りには、その父が重要な役割を果たしていることを発見しました。オニアジサシの渡りでは北欧の繁殖地とアフリカの越冬地の間を移動します。研究グループは、31個体のオニアジサシにGPSを装着して、渡りの様子を記録しました。

 その結果、実の父、あるいは養父が子である若鳥を連れて渡りをすること、渡りの際には子は常に父と一緒ですが、越冬地では別行動が多くなることがわかりました。さらに単独の成鳥は、若鳥を連れた成鳥よりも速く移動することが判明。また渡りの初期に、父とはぐれた若鳥4羽は全て死亡しました。そして若鳥は成長すると、父と一緒に移動したルートを忠実に守っていました。これらのことから、渡りのワザは、父から子へと伝えられている可能性が高いとわかったのです。

 多くの鳥類が集団で移動(渡り)をすることはよく知られていますが、若い個体がどのようにして渡りのワザを学ぶのかは未解明でした。そして今回、「オニアジサシという渡り鳥では、渡りのワザが、父から子へと伝えられていることをGPSを使った研究で明らかにした」という論文が発表されたのです。

英語のココに注目!「migration」

 下の一文は、この論文に書かれている文章です。

“The seasonal migrations of many species of mammals, fish, reptiles, and birds span vast geographical scales across the globe.”

 直訳すれば、次のようになります。

「哺乳類(mammals)や魚類(fish)、爬虫類(reptiles)、鳥類(birds)の多くの種(many species)でみられる季節ごとの渡り(The seasonal migrations)は、地球上の広大な地理的スケール(vast geographical scales across the globe)に及びます(span)」

 今回は、この文章にもある「migration」という単語に注目してみましょう。辞書で調べると、migrationには、生物の移動、渡り、回遊といった意味があります。この論文では「渡り」の意味で使われます。

「渡り」をする生き物

 渡りといえば、鳥類を思い浮かべる人が多いと思います。実際に多くの渡り鳥が知られていて、古くから多くの人が魅了されてきました。鳥類は1万種ほどが知られいますが、そのうち40%が渡りをするという研究結果があります。

 たとえば、渡り鳥のキョクアジサシは、1年間で北極圏と南極圏の間を移動するというから驚きです。ノドアカハチドリは、体重が約2.5gと小型ですが、年に2回850kmを飛び、パナマとカナダの間を往復します。オオソリハシシギは秋にアラスカからニュージーランドまで、たった8日間で、眠ることなくノンストップで飛ぶといいます。

 鳥類ほどめざましい migration(渡り)をする動物はいませんが、鳥類以外にも多くの渡りが報告されています。たとえば、哺乳類では、北米に棲むアメリカバイソンやアフリカに棲むヌーなどが、よく知られています。その他にも、アサギマダラやオオカバマダラ(モナーク・バタフライとも呼ばれる)などの昆虫も長距離の migration(渡り)をします。

「回遊」と訳す場合もある

 サケやウナギなどの魚類にみられる migration には「回遊」という用語が使われます。爬虫類の migration の例で有名なのはウミガメ。産卵時期を除いて、一生のほとんどを海で過ごします。繁殖地の砂浜で、海から上がって産卵し、たくさんの卵を砂に埋めてから、再び海へと戻っていきます。この産卵場所は、エサ場から数千kmも離れていることがあります。ウミガメの migration も回遊と訳されます

 渡りや回遊(migration)では、行って、再び同じところに帰ることが、毎年繰り返されます。このように、生物学で用いられる「渡り」「回遊」という用語は、片道の旅のような移動とは、意味合いが異なることを覚えておきましょう。

 最後に、今回の論文に用いられている「渡り」に関連する、その他の単語を紹介しましょう。

migrant  「渡り鳥」
migratory routes  「渡りのルート」
migratory skills  「渡りの技術(ワザ)」

と訳すことができます。

 今回の研究では、渡りのワザが父から子へと伝わることが明らかにされました。しかし、渡り鳥は種類が豊富で、渡りのパターンもさまざまです。そうした中で、なぜ渡り鳥は、渡るのか? どのようにして渡るのか? といった、まだ多くの謎が残されています。

参考論文
タイトル
Paternal transmission of migration knowledge in a long-distance bird migrant
著者
Byholm, P., Beal, M., Isaksson, N. et al.
論文情報
Nature Communications (2022) 13: 1566.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-29300-w


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保谷彰彦 著者の記事一覧

文筆家。博士(学術)。主な著書は『生きもの毛事典』(文一総合出版)、『ヤバすぎ!!! 有毒植物・危険植物図鑑』『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(ともに、あかね書房)、『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)、『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)など。中学校教科書「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」掲載中。 http://www.hoyatanpopo.com/

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