新連載「ビーカーくんと探検! わくわく理科授業」の第2回(2025年10月号)では,学校の中で自然を学ぶ環境としてつくられた「ビオトープ」を通した地域とのつながりや、ホタルについて学ぶ様子を紹介しました。ここでは,大阪市立東田辺小学校でビオトープを活用した学習の様子や東田辺ビオトープについて、連載の監修者である野原博人教授に紹介してもらいます。
ぜひ保護者の方と一緒にお読みください。

東田辺ビオトープと「ほたるの夕べ」
大阪市立東田辺小学校の学校ビオトープ(以下,東田辺ビオトープ)は,1998(平成10)年につくられました。地域や小学校,PTAやPTA OB会の皆さんで,子供たちが自然と触れ合い,生命への慈しみや自然の尊さに触れる機会が必要ではないかという話し合いを通して,東田辺小学校がある東住吉区の当時区長の支援のもと,東田辺ビオトープがつくられることになりました。

東田辺ビオトープの特色は「ホタルの自生」です。ホタルが淡い光を輝かせながら舞い飛ぶ6月上旬に「ほたるの夕べ」を開催しています。「ほたるの夕べ」は東田辺ビオトープが完成してから始まりました。ステージでの催しや模擬店,ホタル鑑賞会など,さまざまな企画が行われるイベントで,地域,学校,PTA,子供から大人まで,多くの方が「ほたるの夕べ」に来場します。ホタル鑑賞会は毎回長蛇の列ができるとのことです。東田辺ビオトープは,学校と地域をつなぐ自然環境でもあるのです。

東田辺小学校の子供たちがとても楽しみにしている「ほたるの夕べ」ですが,新型コロナウイルスが流行した2020年は中止になってしまい,継続が危ぶまれたときがありました。そんな当時の6年生は,「ほたるの夕べ」を継続してほしいという想いから,理科や総合的な学習の時間にホタルをテーマとして学習に取り組み,東田辺ビオトープにいるゲンジホタルの生態や生息環境について調べたことを東田辺小学校の80周年記念式典で発表しました。その発表を聞いた次の6年生は「ホタルの自生できる環境」というテーマで探究活動に取り組み,またその次の6年生もこれまでの卒業生の想いを受け継いで「東田辺の象徴的な生き物といえるホタルを守り育ていく持続的な自然環境を創る」というテーマに取り組みました。こうして,東田辺ビオトープでホタルをテーマとした学習が代々受け継がれてきました。

ビオトープで学びながら主体性を育てる
大阪市立東田辺小学校では,「理科」や「総合的な学習」の時間を中心とした授業づくりの研究に取り組んできました。理科や総合的な学習の時間で大切なのは,実験・観察を軸とした問題解決や探究の過程にそって学びを進めることです。東田辺小学校では,特に「探究」の過程を意識した授業づくりに取り組んでおり,子供の主体性を重視した学習環境について研究しています。
(理科の授業での問題解決や探究の過程については,別の機会に詳しく取り上げていきます)
東田辺小学校の授業で大切にしているのは,子供の自己決定(自己選択)によって子供の主体性とやる気を促し,先生と子供が共に知識や考え方を創ることです。たとえば,学習の目標は先生が決めるだけでなく,子供たちと共に決めていきます。先生たちは主体性を促す支援として「ゆだねる(委ねる)」という合言葉で研究を進めてきました。また,見通しと振り返りを重視した授業づくりも大切にしています。「どんな目的で学習に取り組むか」「どのような方法や手段で学習を進めていくか」といった見通しや「学習の進め方はこれで良いか」「授業でどんなことがわかったか」といった振り返りを探究の過程で適切に行えるような学習活動に取り組んでいます。
また,東田辺小学校の授業の特徴は,「他者のために」「人の役に立つために」というように,子供の周りにいるいろいろな立場の人を意識して,自分の学習が人の役に立てるような活きた知識や考え方を身につけることを重視しているところです。誰かが言うので仕方なく学習するといった外からの働きかけではなく,「新しいことを知りたい」「人の役に立てるように伝えたい」など,自分や他者のためであればどこまでも学習のクオリティを上げようとする主体的な学びや取り組みを目指しています。
本誌で紹介した東田辺ビオトープは学校と地域や保護者の方々が協力しながら,子供たちが自然環境を直接体験しながら生命の尊さについて学ぶために創られました。ビオトープの管理,維持は,子供だけでなく,地域の方々や学校の先生や職員の皆さんなど,多くの方々の協力で成り立っていますが,その中心にいるのは子供です。子供が東田辺ビオトープに主体的に関わることを通して,生態系や生物多様性に関する知識を得るだけではなく,東田辺ビオトープに関わってきた人たちの想いを受け継ぎ,自分たちにできることは何かを考え,次の世代に引き継いでいくことも大切にしながら,生命の慈しみや自然の尊さについて学んでいます。

ビオトープについて
ここで,ビオトープ(Biotop)について簡単に整理してみましょう。
ビオトープは,生物を意味する「Bio」と場所を意味する「Top」を合わせており,その語源であるギリシャ語で「命(bios)」と「場所(topos)」をドイツの学者が組み合わせて造った言葉とされています。ビオトープには,生物が安定して生息できる空間という意味も含まれています。本誌ではビオトープを「生物が暮らす場所」と紹介していますが,地域に暮らすさまざまな野生生物が生息可能な空間として,「野生生物の生息空間」ということもあります。
本来,ビオトープは自然か人口であるかを問わず,野生生物のすべての生息域を意味する言葉なのですが,環境の変化によって失われた生態系を復元,回復するために人為的(人のために、人によって)つくられた自然環境としてのビオトープの意義が重視されています。失われた自然を回復するだけではなく,人と自然が共に生きる自然環境を創り出すためのビオトープづくりが求められているのです。
ビオトープは,それぞれの地域の野生生物にとって暮らしやすい環境として自然の生態系を再現し,生物多様性を維持していくことを目的としています。こうしたビオトープの概念(考え方)を先進的に取り入れた国はドイツです。ドイツでは,工業の発展によって深刻化した環境問題が起こった1970年頃からビオトープが注目されるようになりました。日本も同様に近代的な都市化が進む中で,自然に親しみ,自然と共に生きることの大切さをしてきた日本の人々は,さまざまな環境問題が起こる中で,改めて自然環境の大切さや自然体験の機会が奪われていくことを実感しました。このような背景のもと,日本でもさまざまなビオトープづくりに取り組まれてきました。
ビオトープにはさまざまな種類があります。たとえば,自然の生態系に近い状態を再現して多様な生物が生息できる環境を目指すビオトープ(自然型)や、特定の生物種を保護・保全することを目的としたビオトープ(保全型)などがあります。こうしたビオトープは,人はできるだけ中に入らないようにすることで,自然度を高めていくようにします。
また,公園など人が集まるところにもビオトープ(公園型もしくは憩い型)が多く造られています。子供たちや地域の住民が利用しやすい憩いの場として,自然に親しむことを目的としています。このようなビオトープは地域や学校など,みんなで協力しながら守り,育てていくことが大切です。
ビオトープにはさまざまな種類がありますが,本誌で紹介したのは教育型の「学校ビオトープ」です。学校ビオトープとは,学校の敷地内に子供と自然に共に生きる環境を創り,生物との直接体験の機会を増やすことで,生物に対する興味・関心の高まりや深まりといった自然環境に関する体験や認識に変容をもたらすことを目的としています。

東田辺ビオトープで自生するゲンジホタル
東田辺ビオトープは, 1998(平成10)年6月より,専門家のアドバイスを受けながら工事が進められ,同じ年の12月に,東田辺ビオトープは「希望の泉」という名称で誕生しました。東田辺ビオトープは,十津川(奈良県南部)の自然の石,赤土,植物,木材などで造られていることが特徴です。東田辺ビオトープは校内に植えられていたサクラやカエデなどの樹木を縫うようにして設計されています。学校に植えられていた樹木と十津川などから移植された植物(川菖蒲など)が共生しています。また,昆虫の食草や吸蜜植物として,自然発生的にさまざまな野草が繁茂しています。ミカンやキンカン等の柑橘類はアゲハチョウを呼び,ビワやアンズは野鳥類のために実をつけ,サクラやサルスベリは昆虫や鳥を集めて休息の場を提供しています。このように東田辺ビオトープには,高木,小高木,低木,花木や紅葉木,春夏秋冬の季節木がバランスよく植えられています。
ビオトープはネットワークを形成していくことも大切です。たとえば,トンボは成長に応じて異なる生息環境が変わるため,1km前後の移動が可能な生物です。ヒキガエルは農地や森林などの環境を好みますが,卵を産むときは普段入ることのない浅い池沼や湿地といった環境への移動を必要とします。また,同じ種が1つの生息空間の中だけで交配(遺伝子交換)を繰り返すと,環境の変化に耐えられない弱い個体が増えて,種の維持ができなくなると言われています。このように,ビオトープが周辺のビオトープとつながる,いわゆるビオトープネットワークによって,生態系や生物多様性が維持されていくのです。東田辺ビオトープでは,シギやアササギ,カラス等の飛来がみられることがあるそうです。東田辺ビオトープが地域の自然環境や他地域のビオトープをつなぐ役割をしていることがわかりますね。
東田辺ビオトープではゲンジホタルが自生しています。ホタルの名所といわれているところは山奥の源流域などではなく,水田,池,湿地,雑木林など,人為的に維持管理されてきた環境です。ホタルは幼虫のときに水生と陸生といった育ちの違いがありますが,ゲンジホタルの幼虫は水生なので水の中で生活し,水生の貝であるカワニナを食べます。カワニナの繁殖には有機物が含まれた適度な栄養分が必要であるため,ゲンジホタルが好んで生息する環境は,水田,池,雑木林など,人によって適度に管理されている水辺環境であると言えます。

東田辺ビオトープに流れる川には、そのえさとなるカワニナも多く生息しているので,ゲンジホタルの幼虫が生息するに適した環境といえます。ホタルの成虫はやがて孵化してくる幼虫のことを考え,すぐに水の中へ移動できるように水辺に近いコケに6〜7月頃に卵を産みます。30日位で孵化した幼虫は翌年まで川の中でカワニナを食べて大きくなり,4月下旬頃の雨の夜,上陸を始めて川岸の土の中にもぐって蛹(さなぎ)になり,やがて羽化して成虫となります。ホタルは成虫だけでなく,卵,幼虫,蛹の時も光ることがあります。光ることで外敵から身を守るためと言われています。
皆さんも,注意深く観察すれば,蛹になるために川の中から光りながら,一斉に上陸する幼虫の姿も見ることができるかもしれません。

生命の尊さに触れ、自然を慈しむ
ゲンジホタルは水中と地中で約10ヶ月間を暮らしてから,野外で淡い光を輝かせながら飛び回れるのは、2週間ほどしかありません。古くから日本では,ホタルは人生の儚さや季節の移ろいを映し出し象徴するものでした。東田辺ビオトープでホタルについて学ぶことを通して,東田辺小学校の子供たちは生命の尊さと自然を慈しむことに触れています。こうした学びは,地域や学校などに関わる多くの人の想いによって実現され,受け継がれているのです。こうした地域や学校のあり方が日本中により多く広がっていくことを期待しています。