《子供の科学 深ボリ講座》日本初! 月面着陸に成功した探査機「SLIM」と2つの月面探査ロボ

「子供の科学」2024年4月号では、1月20日午前0時20分に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型月着陸実証機「SLIM」が月面へ着陸に成功したニュースを特集しました。探査機の月面着陸は日本初、世界では5か国目の快挙です。今回は、SLIMと小型月面ロボットたちの最新情報や本誌では紹介しきれなかった開発秘話を、深ボリしてお伝えします。

過酷な月面の夜を越えてSLIMが復活!

 SLIMは、月面の狙った場所にピンポイントで着陸する技術を実証する無人探査機です。ピンポイント着陸には成功したものの、着陸の直前にメインエンジンの片方にトラブルが起き、SLIMは予定と違う姿勢で着陸しました。そのため太陽電池に光が当たらず、発電が確認できませんでした。

 バッテリーは残りの残量が0%の状態で長く使い続けると壊れてしまう恐れがあります。機体を保護するためにバッテリーを切り離したことでSLIMは休眠状態に。その後1月28日に、西側に向いていた太陽電池に光が当たり、SLIMは再び月面の様子を教えてくれました。

 SLIMプロジェクトのプロジェクトマネージャ坂井真一郎さんは、SLIMが復活したときのことをこう振り返りました。

「着陸直後は異常なく動いていましたし、太陽電池にさえダメージがなければ、きっとSLIMは復活するはずだと思っていました。しかし、なかなかSLIMから電波が返って来なかったので、管制室でヤキモキしていました。SLIMから電波が来たときは、管制室で『よし来た!』という声が響き渡り、忘れられない瞬間となりました」

 SLIMには、着陸地点の周辺の岩石や砂を10種類の波長帯で観測できるマルチバンド分光カメラが搭載されており、10個の岩石を10波長で分光観測することができました。観測データは、月の起源を解明する手がかりになるのではないかと期待されています。

 月では約2週間ごとに昼と夜が入れかわります。1月31日にSLIMの着陸地点の付近は太陽が沈み、太陽電池に光が当たらなくなったSLIMは冬眠状態になりました。

 太陽の光を浴びている昼は月の表面温度は110℃に上るのに対して、夜は-170℃にまで下がります。SLIMは月面の厳しい夜に耐えられる設計にはなっていなかったため、電子部品が壊れ、動かなくなってしまう恐れがありました。

 JAXAのプロジェクトチームが見守るなか、2月25日に再びSLIMからの通信が確認されました。SLIMは月面の夜を越えることに成功したのです。SLIMに搭載されていたマルチバンド分光カメラは正常には動かなかったものの、SLIMプロジェクトチームは「得られたデータなどから、次の機会に向けて調査を行っていきます」とX(旧Twitter)で述べています。JAXAは3月下旬にもSLIMの運用に挑戦する予定です。

プロジェクトマネージャの坂井さんが宇宙に興味を持ったのは、実は大人になってからだったそうです。読者のみなさんにこんなメッセージをくれました。

「私はコンピューターのプログラムでものを動かすことに興味があり、大学では電気自動車の研究をしていました。人工衛星の姿勢制御を手伝うことになったのがきっかけで、衛星を自分が書いたプログラムで動かすおもしろさに気付き、宇宙の道に進むことになりました。みなさんも目の前におもしろいと思うものがあるなら、ぜひそれを追いかけてみてください」

日本初! 2つの月面探査ロボ

左からLEV-1、SORA-Q。(画像提供/JAXA)

 SLIMには超小型月面探査ローバー「LEV-1」と変形型月面ロボット「LEV-2(愛称SORA-Q)」が搭載されていました。このLEV-1とSORA-Qは、SLIMが着陸する直前に投げるように放出されて、月面に着陸し、SLIMの状態や周囲の状況の撮像にチャレンジしました。

 LEV-1の重さは2.1kgです。小型のロボットは、月面を車輪で移動することは難しく、LEV-1はバネを使って月面をホップしながら移動するしくみが採用されました。データ分析の結果、LEV-1は107分間で7回ホップしたことが確認されました。

 また、LEV-1には、月面から地上にデータを通信する機能が備わっています。SORA-Qは撮影したSLIMの写真をBluetoothでLEV-1に送り、そのデータをLEV-1が地上に届けてくれました。月面でロボット同士が通信したのは世界で初めてのことです。

 SORA-QはSLIMに搭載されているとき、野球ボールほどの大きさの球体ですが、月面に着陸すると、パカっと変形して2つの車輪が現れます。車輪の重心をずらすことで、急な斜面があるうえに、地上の一般的な砂よりも粒が細かいレゴリスと呼ばれる砂に覆われた月面でも走れるしくみになっています。SORA-Qは、JAXAと玩具メーカーのタカラトミー、ソニーグループ、同志社大学がそれぞれのノウハウを持ち寄って、共同で開発しました。

SORA-Qの開発者の1人である同志社大学 生命医科学部の渡辺公貴先生は、SORA-Qを開発するうえで難しかったことをこう語りました。

「SORA-Qは宇宙用のロボットとして使えるだけじゃなく、おもちゃとしても売れるようなおもしろさが必要でした。おもしろいおもちゃは複雑になってしまいがちなんですよ。
 例えば、『トランスフォーマー』は変形の要素がたくさん入っていると、『これはどうやって変形させるんだろう?』と購入していただけます。一方、宇宙機は複雑につくると、故障の原因になってしまうこともあります。SORA-Qはおもちゃと宇宙機のせっちゅう案(それぞれのいいところを1つにまとめた案)で生まれました」

 実際に月面に着陸したSORA-Qと同じ大きさで、同じ動きを再現できる玩具「SORA-Q Flagship Model」は2023年9月に発売され、注目を集めました。

筆者もSORA-Q Flagship Modelの操縦体験を通じて、SORA-Qの動きや走り方をより詳しく理解することができました。

 2月26日に行われたJAXAの報告によると、SORA-Qの走行データや他の画像などについては、現在解析が進められているところだといいます。こうしたSORA-Qのデータや画像は、今後の月面探査に活かされることが期待されています。

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井上榛香 著者の記事一覧

宇宙開発や宇宙ビジネスを専門に取材・執筆活動を行うフリーライター。小惑星探査機「はやぶさ」の活躍を知り、宇宙開発に関心を持つ。学生時代は、留学先のウクライナ・キーウで国際法を学んだ。共著に『from under 30 世界を平和にする第一歩』。

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