【新型コロナウイルス研究Part①】武漢型からヨーロッパ型へ変化していた!

 新型コロナウイルス研究の最前線を解説するシリーズ。Part①は新型コロナウイルスの変化について見ていきましょう。

国立感染症研究所で分離に成功した新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(画像提供/国立感染症研究所)

ウイルスは宿主の細胞を乗っ取って増えていく

 2019年12月に中国の武漢
ぶかん
で発生したとされる新型コロナウイルスは、
またた
く間に世界中に拡散
かくさん
し、この原稿を書いている7月下旬時点で1600万人以上が感染。65万人以上が亡くなるというパンデミック(世界的大流行)になってしまいました。

 ただし、現在、世界で猛威
もうい
をふるっているウイルスは、最初に武漢で流行したものからは変化していることが、アメリカのロスアラモス国立研究所、ラホヤ免疫
めんえき
研究所、デューク大学、シェフィールド大学などの研究グループによって明らかになりました。

 そもそもウイルスは自分では増えることができないため、感染対象の生物(これを宿主
しゅくしゅ
といいます)の身体
からだ
侵入
しんにゅう
して、その細胞の中にもぐり込まなければなりません。

 実は私たち人間をはじめ、多くの生物の細胞の表面には情報伝達の窓口となる受容体
じゅようたい
という分子がたくさんあって、この受容体を入口にしてウイルスが細胞の中に侵入を試みます。新型コロナウイルスの場合、その表面にスパイクタンパク質という突起状
とっきじょう
の分子を持っており、これが宿主の細胞表面にあるアンジオテンシン変換酵素
へんかんこうそ
2(ACE2)という受容体に結合して細胞内に侵入。宿主の細胞を乗っ取って増えていきます。

細胞表面の受容体に結合して細胞内に侵入。その後は細胞内でタンパク質の合成や遺伝子の複製によって増殖し、感染した細胞から飛び出していく。組織を害するウイルスを排除するために発熱などの症状が現れる。

 そのためスパイクタンパク質が受容体に結合しやすいかどうかで、宿主の細胞に感染しやすくも、感染しにくくもなるのですが、現在、世界中の感染が広まっているウイルスは、最初に武漢で確認されたものから、スパイクタンパク質が少しだけ変化しているというのです。

感染力が高まっても重症化しやすくなったわけではない

 新型コロナウイルスに起こった変化について詳しく紹介する前に、宿主の細胞にもぐり込んだウイルスが増えるしくみをおさらいしておきましょう。

 宿主細胞の受容体を入口にして細胞への侵入に成功したウイルスは、宿主の細胞内にある材料を使って、自身の遺伝子を複製
ふくせい
していきます。遺伝情報を記す塩基
えんき
の数こそ、人間の約30億に対して、新型コロナウイルスは約3万と少なくなっていますが、どんな遺伝子でも繰り返して複製されればどうしてもコピーミスが起こります。

 遺伝情報にしたがってアミノ酸が選択されてタンパク質が合成されるため、遺伝子の複製に際してコピーミスが起これば別のアミノ酸が選ばれることになり、タンパク質の特徴が変わってしまうことがあります。実際、研究グループが調べたところ、最初に武漢で流行したウイルス(これを「武漢型」といいます)はスパイクタンパク質の614番目のアミノ酸がアスパラギン酸だったのに対して、その後、ヨーロッパで感染が広まったウイルス(これを「ヨーロッパ型」といいます)はグリシンというアミノ酸に変化していたのです。

 その結果、武漢型に比べてヨーロッパ型の感染力は高まり、現在、世界中で流行している新型コロナウイルスのほとんどがヨーロッパ型になってしまいました。

2020年1月~6月にかけての世界各国の新型コロナウイルスの遺伝子を調べた結果、スパイクタンパク質が変化していることが明らかになった。当初は武漢で流行した「武漢型」(オレンジ色)だったが、その後、ヨーロッパで感染が広まった「ヨーロッパ型」(青)ばかりになっていった。(出典/ロスアラモス国立研究所ウェブサイト

 ウイルスの感染力が高まったというと、重症化しやすくなり、致死率も高くなるのではないかと心配になった読者もいるかもしれませんが、今のところ武漢型からヨーロッパ型への変化によって新型コロナウイルスが重症化しやすくなったとの報告はありません。

 しかし、ウイルスは遺伝子に生じるわずかな変化で特徴を変えやすい性質を持っています。いつ何時
なんどき
、遺伝子の変化によって病原性
びょうげんせい
が変化するかもしれず、これからも新型コロナウイルスの変化には注目していかなければならないでしょう。

【参考文献】

https://www.lanl.gov/discover/news-release-archive/2020/July/0702-newer-variant-covid-dominates-infections.php

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)30820-5

取材・文

斉藤勝司 著者の記事一覧

サイエンスライター。1968年、大阪府生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業後、ライターとなり、最新の研究成果を取材し、科学雑誌を中心に記事を発表している。著書に『がん治療の正しい知識』、『寄生虫の奇妙な世界』、『イヌとネコの体の不思議』、『群れるいきもの』などがある。

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