『子供の科学』新連載「ドクターズリレー」に登場! 山中伸弥先生とiPS細胞をもっと知ろう

『子供の科学』2022年4月号の新連載「ドクターズリレー」はもう読んでくれたかな? 初回は、京都大学iPS細胞研究所の所長を長年務めてきた山中伸弥教授が登場したね。山中教授がiPS細胞の研究でノーベル医学・生理学賞を受賞したのは今から10年前の2012年。今回は当時のKoKaの記事を紹介するよ。山中教授の受賞は、新しい医療の時代の幕開けを象徴するかのような出来事だったんだ。

iPS細胞ってなんだ?

 2012年10月8日、今年の医学・生理学賞の授賞者が発表され、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授が、イギリスのケンブリッジ大学のジョン・ガードン教授とともにノーベル賞を受賞することが明らかになりました。ノーベル財団から発表された受賞理由は「成熟した細胞の時計を巻き戻し、どんな細胞にもなれる万能性を取り戻すことができることを示した」です。この研究成果が、いかに画期的なものなのか、わかりやすく紹介することにしましょう。

 私たちの体を形づくる細胞は、大人になると60 兆個にも及びますが、その原点はたった1 個の受精卵です。受精卵が細胞分裂を繰り返して、膨大な数の細胞に増えていきます。その過程で、個々の細胞は与えられた役割を果たすために変化します。皮膚、筋肉、心臓、そして、肝臓などなど……。このように臓器それぞれの細胞へと変わっていくことを「分化」と呼びます。

 分化した細胞(これを「体細胞」と呼ぶ)は、別の臓器の細胞に変化することはありません。受精卵にはどんな細胞にもなれる能力(万能性)があったのに対して、分化した細胞の万能性は失われていると考えられてきました。つまり、皮膚から心臓ができたりするわけはないと考えられてきたのです。

すべての細胞はもとをたどれば受精卵になる。受精卵からさまざまな細胞に分化することはできるがその逆はできないと考えられていた。

 ところが、この 常識は20世紀の半ばに履されました。覆したのは、今回、山中伸弥教授とともにノーベル賞を受賞した、ケンブリッジ大学のジョン・ガードン博士、その人です。ガードン教授は、アフリカツメガエルのオタマジャクシの小腸の細胞から、遺伝子が入った核を取り出し、事前に核を破壊しておいた卵の中に移植する実験を行いました。

 卵の中の核は小腸の細胞のもの。万能性が失われているはずなのですが、なんと卵は正常に細胞分裂を繰り返し、オタマジャクシ、そして、大人のカエルにまで成長したのです(下図)。ガードン博士はカエルの核移植実験によって、体細胞の遺伝子であっても、卵に移植することで分化した時間を巻き戻せること(脱分化できること)を明らかにしました。

アフリカツメガエルのオタマジャクシの小腸の細胞から核を取り出し、あらかじめ核を破壊しておいた卵に移植したところ、その卵は正常に細胞分裂を繰り返し、オタマジャクシ、大人のカエルへと成長した。分化した体細胞の核であっても、万能性を持たせることができた。

 充分に分化した体細胞であっても、人工的に脱分化させられるならば、つまり、時間を巻き戻すように、体細胞を受精卵のような状態に戻せるのならば、病気やケガで損なわれた臓器を別の臓器の細胞からつくりだし、これを移植することもできるかもしれません。こうして、「再生医療」という今までにない治療法の開発が目指されるようになります。

 患者から取り出した細胞を加工して、万能性を取り戻させる……。世界中の多くの研究者が、この技術の開発に取り組みはじめました。当時、奈良先端科学技術大学に所属していた山中教授もその1人です。

 山中教授が参考にしたのは、理化学研究所が公開していた、マウスのES細胞で働く遺伝子の一覧(データベース)でした。ES細胞とは、受精卵が分裂して数十個の細胞の塊(これを胚と呼ぶ)になったところで、内側の細胞を取り出してつくられます(下図)。これは受精卵とほぼ同じ万能性を持っているので、そこで働いている遺伝子を体細胞で強制的に働かせることができれば、体細胞を脱分化させ、万能性をもたらすことができるのではないかと山中教授は考えました。

1個の受精卵が細胞分裂を繰り返し、細胞が数十個にまで増えた胚になったら、内部の細胞を取り出し、培養すると胚性幹細胞(ES細胞)ができあがる。ES細胞は、受精卵とほぼ同じ万能性を持っており、どんな細胞にもなることができる。そのため、ES細胞を使った再生医療に期待が寄せられたが、子宮に戻すと赤ちゃんに成長する胚を壊してつくるため、倫理的な問題が指摘されている。

 理化学研究所のデータベースを参考に、4種類の遺伝子(Oct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4)にまで絞り込みました。遺伝子を注入して強制的に働かせることができるウイルスを使って、マウスの細胞で4種類の遺伝子を働かせたところ、山中先生の目論見通りに万能性を持つ細胞が生まれました。「人工多能性幹細胞(Induced Pluripotent Stem Cell)」という意味から、「iPS 細胞」と名付けて、2006 年に発表しました。この4種類の遺伝子は、現在、「山中4因子」と呼ばれています。

体細胞にウイルスを使って4種類の遺伝子(Oct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4)を注入し、強制的に働かせる。すると、体細胞はほぼどんな細胞にもなれる万能性を獲得。ただし、この方法だとiPS 細胞がガン化しやすく、ガンになりにくい方法も開発されている。

 さらに、翌2007 年には大人のヒトの皮膚から採取した細胞からも、iPS 細胞をつくったことを発表して、世界を驚かせました。

 ガードン教授が核移植によって分化の時間を巻き戻せたのと同じように、山中教授もマウス、そして、ヒトの細胞で受精卵のような万能性を取り戻させることに成功したのです。

ヒトの皮膚細胞からつくられたiPS 細胞。(©京都大学教授 山中伸弥)

(イラスト/有留ハルカ)

(本記事は『子供の科学』2012年12月号掲載内容を再編集し、一部改変したものです。肩書き等は当時のママです)

バックナンバーからもチェックしよう!

 コカネットデジタル図書館では、2015年3月号以降のバックナンバーが読めるぞ! iPS細胞に関連した記事もあるから、ぜひチェックしてみよう。

2018年5月号特集「生命の誕生から最新iPS細胞まで The 細胞」

慶応義塾大学の岡野栄之教授に、iPS細胞研究について幅広くお話をうかがったよ。絶滅した生物の細胞を再現するなど、再生医療以外の分野でもiPS細胞は期待されているんだよ。

●2019年10月号特集「最先端をゆく研究者が大予測 95年後の未来はこうなる!」

東京医科歯科大学/横浜市立大学の武部貴則教授が登場。iPS細胞を使い、将来はオーダーメイドで臓器を自在につくる技術が誕生するかも⁉ わくわくする未来予測を解説しているよ。

斉藤勝司 著者の記事一覧

サイエンスライター。1968年、大阪府生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業後、ライターとなり、最新の研究成果を取材し、科学雑誌を中心に記事を発表している。著書に『がん治療の正しい知識』、『寄生虫の奇妙な世界』、『イヌとネコの体の不思議』、『群れるいきもの』などがある。

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